躁鬱ブルース【小説第3編】
双極性障害はうつ状態と軽躁状態という正反対の感情に振り回される病状だ。本人が感情とそれなりの行動をコントロールできないから、感情の障害となっている。
この軽躁状態は何かというと、過剰な元気に溢れて、普通は大人しい人でも情熱的になって、奇想天外で頭がいっぱいになって、混乱する精神的の状態。特定な症状は個人差があるが、必ず数日から数週間は落ち着かない気持ちがつづく。芸術的な人に対しては、軽躁だったら仕事が進むという考えの人がいるが、軽躁はエネルギーを吸い込む傾向があって、体調を崩すか頭が困惑することもよくある。
うつ状態は、落ち込んだり、悩んだり、自分を責めるなど、心に闇が現れる状態だ。顕影は入院する直前には、うつに陥っていた。
正確にいうと、顕影は双極性障害Ⅱ型だった。この障害はⅠ型とⅡ型と区別されて、Ⅱ型の方がうつ状態が長く、定期的に軽躁状態という症状になる嫌いがある。Ⅰ型はより激しい躁状態という症状が現れて、これは極端にテンションが上がり、もう意識が消えて妄想を病むケースもある。どちらの方が重いという話しではなく、そして症状は個人差もあるため、それ故に患者それぞれに合わせて治癒方法を立てねばならないと医師が説明した。
顕影が振り返ってみたら、今までの人生で何度も鬱々しい時があったことを思い出した。誰にも話せず、こんな問題は話さなくてもいいもんだ、どうせ誰も分かってくれないもんだ、と無数の言い訳を立てて、ひっそり苦しんで我慢して生きてた。
葵が訪問した次の日に電話がきた。
「兄貴!どうしてるんだ?俺だよ」
懐かしい声、親友の長谷川治だった。
「今は…えっと…」
「え?聞こえない」
「ん…」
今日はうつ状態だったが、悲しいというより痺れている感じに包まれた。薬の副作用もあり、意識が遠い感じもした。
「やっぱ、調子が悪いんだ。連絡が入って来たんだよ、お前の姉さんから。ビックリしたよ、久しぶりで。やあ、ずっと前から連絡しなくちゃと考えてたんだけどな。なかなか、暇がなくて。ごめんな」
「いや。ちょっと前まではよくやってたんだけど…」
「驚いたよ。兄貴が精神病院になんて。何かあったのか?」
「単純に、病気になっただけだ。双極性というもの」
「聞いたよ。脳がちょっとおかしくて、混乱してるんだね。姉さんが、丁寧に説明してくれた。あんな可愛い子に心配かけるの、最悪だぞ。ハハハッ、冗談だ」
長谷川治は中学校のときからの親友だった。顕影は浮いていて、クラスでは入りやすいサークルはなかった状況だった。大人しくて、周囲を気にしない態度だったからだ。そして、センシティブな本心を真面目顔でマスクしていたかもしれなかったが。控えて、治はうるさくていたずら好きな奴だった。この二人が友達になるとは、誰も予想しなかっただろう。性格が逆方向でも、一年たつ前には親しい関係がもつれて、ベストフレンド同士になれた。その後、二人組の周りにクループは広がらず、中高時代はずっと二人っきりでいつも喋っていた。
喋りの内容の九割は治の冗談だった。しかし、絆が深まると治の方がところどころ悩みごとを吐き出してきた。実は、治もセンシティブな人だったのだ。ふざけて、本姿を隠していたのだ。顕影は必ず相談に乗ってあげて、冷静に話し返して励ましてあげた。この慈悲深い顕影のことをを知ってるのは、校内では治だけだった。
この二人の仲のどちらの方が双極性かと訊かれたら、顕影だと思う人はほとんどいないと思える。
「笑えるな。兄貴の方がいつもメンタル的に強かったのに。可笑しい世の中だなぁ。ずっと支えてくれたお前がこういう状況になって、恩返したいつもりだけど、オレみたいなやつがね、何できるていうか。まぁ、ちょっと調子がよくなったら連絡してくれ。どっかでビール飲みにいこうぜ。な?連絡してくれるよな?」
「約束する。オレも、ビール飲みたい…」
顕影の声にちょっと元気が出たが、まだまだ薄かった。親友の声を聞こえるのがなによりも嬉しかったが、薬の副作用のせいか、この嬉しさが表面まで浮かび上がらなかった。
確かに、普通の友達以上に親しかった。「兄貴」とは皮肉で言ってたものだけど、本当に姉弟と同じレベルぐらい信頼できるような関係だった。
一年、治に好きな子ができた。エレナという同級生の子だった。ルーマニア人の母のハーフで、彼女の洋風美な魅力に治は惹かれた。性格は、だらしない子で成績は必ずクラスの一番下だった。勉強に興味がないみたいに、いつも遊んでるか、ボーっと夢を見ている子だった。しかし、愛想がいいポイントはみんなは認めてた。男女関係なくクラスのみんなに仲良くしていた。一回だけ、何気ない風に、エレナは治にやさしく声をかけてあげた。一言だけで、治の心が奪われた。
「エレナちゃんって可愛くない?エレナちゃんをデートに誘いたいなー。もっと勇気が出てこないかなー」
何か月もエレナの話を繰り返し、治の頭の中は愛のことだけだった。同じ事ばっかりでも、顕影は何回でもいいように、話を聞いてあげた。顕影も女子心に詳しいわけでもないのに、適当にアドバイスをした。しかし、エレナは治のことに興味がないことが明らかになってから、弱気な治はすぐ諦めた。
それにしても、ずっとエレナは治と顕影にやさしくしてあげた。たまに、声を掛けて一緒に笑って、卒業までクラスメイトとしては仲良ししてた。卒業日に顕影は偶然にエレナと擦れ合った。治はその時どっかにいって、エレナも友達と離れていて、二人だけ廊下で会った。
「ダース!もう卒業だね。とつぜんだよね?もう高校が終わるなんて、悲しくない?みんなとずっと毎日話せると思ってたのにね」
一回、昼休み中に話していたら、顕影はスターウォーズが好きだと言った。
「スターウォーズね。見たことないけど、ダースベイダーなら知ってるよ」
その後、エレナは顕影のことを「ダース」と呼ぶようになった。なぜ、悪役の名前に称されたかと、顕影は思ってたが、時間が経ったらニックネームに慣れてきて、そう呼ばれることが好ましく思ってきた。
「うん。本当に早いね。でも、エレナのことは忘れないからね」
顕影は言った。
「いつも、カッコいいこと言ってる!」
エレナは笑った。そして、今はいかないと、あ、やっぱりLINEを交換しようよ、とエレナは言った。
そして、顕影はエレナとメッセージする関係になった。
「退屈~。映画館にいきたい。アイスクリーム食べにいきたい」
たまに、エレナが甘えてくる習慣がはじまった。デートという形ではなかったが、二三回は遊びに誘った。エレナは本当に純粋で、気ままに男友達とどこでもないところに付き合える子だった。
そんな頃、にエレナは言った。
「私は、楽な人生がほしい。ただのんびりしたい。頑張る理由ってなにもないじゃん」
顕影の気持ちはハッキリしていなかったが、エレナが好きだったという事実を否定できなくなった。この無責任のだらしない子に恋をしてはいけないと思ってたが、なぜか一緒にいると心は溶ける。この気持ちをどうにかして伝えたいと思ったところ、不思議にエレナのLINEアカウントが消えて、エレナと永遠の離れということになった。
その方が良かったかもしれない。治が先に追ってた子と付き合うのは気まずい。でも、連絡先が消えた時は確かに傷付いた。そのことは親友の治にさえ言えないことだった。そして、今の絶望的な状況のなかに、治が電話してくれて、力を貸してあげるとか応援してくれるとは、顕影はそれに罪悪感を禁じえなかった。
(つづく)
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