聞いたら手放したくなる被害者意識の副作用
被害者意識なんてとうの昔にポイっと捨てたと思いこんでいた。
でも、気づいてしまった。
以前ほどの深さではないにしろ、被害者意識まだあったあった!
被害者意識があることでのメリットといえば、
①責任転嫁して自分は悪くない!悪いのはあっちだ!といえること
②自分には力が無いフリをして弱い立場を装い、誰かから守ってもらおうとすること
この2点が挙げられるかと思うけど(ってメリットじゃないけどな)
被害者意識の副作用を見つけ、私はゾッとた!
被害者意識を持っていることによる副作用とは
自分にトラブルなどの大変な状況をどんどん呼び寄せ、
周囲にあの人はすごく大変なんだ!っていう
正当に私は被害者であるということを認めさせようとするってこと。
だからどんどん不幸になる!!
なんて厄介なんでしょう!!!
弱い立場でい続けたい、守られたい人にとっては
被害者意識ってそこそこのメリットもあるのかもだけど、
こんな副作用があるならさっさと抜け出した方が良いですよね。
って自覚してやってる人は少ないか。
この周囲に可哀そうだってことを認めさせようとする理由は
自分自身が自分は傷ついているんだということを見てあげていないから。
自分がしっかり自分の心の傷に気が付いていれば
証明する必要も認めてもらう必要もありません。
でも自分が気づいてくれないから、誰かに気づいて欲しい!
自分が気が付いていれば別に心は安心します。
でも誰も気が付いてくれないから証明させたくなる。
ってことで自分の話は自分がちゃんと聞いてあげるのがベストです!
私も昨年は仕事が忙しくて、自分の話を聞けていなかったな~
仕事に邁進してたと思ってたけど、こんなに頑張っているのに何で?という出来事が多くて、さっき2023年の振り返りをしていたのだけれど、自分の中の被害者意識が起こしていたことが判明。
被害者意識ってかまってちゃん。
だから気が付いてくれるまで、どんどんアップグレードさせた嫌なことを持ってくる。本当やめて(´;ω;`)ウッ…
この被害者意識掘っていたら古い記憶が蘇ってきた。
昔カナダでホームステイしてた時の話なのですが、ホストマザーが私の部屋に勝手に出入りしていることに薄っすら気づいてはいたのだけど私は「やめて欲しい」の一言が言えなかった。
それでまんまとアクセサリー類を盗まれていたことに、後になって気づいてしまったわけなんだけど、そのアクセサリーっていうのが今は亡き母からもらった大切にしていたものだった。
その時は肌身離さず身に着けていなかった私が悪い。と自分を責め、腹が立つ気持ちをなんとか落ち着かせることしかできなかった。
そのホストマザーはフィリピン人で、何かというと金を要求してくるなかなかがめつい人だった。(言っておきますがフィリピン人全体を責めているわけではないです)それも許せず、そのおかげでそれからしばらくの間は、あのフィリピン人許すまじ!!って怒りを持っていた。私のネックレス盗んだくせに金まで要求しやがって!!って。
でも今思うと何で直接言わなかったんだろう?
とシンプルな疑問だが、その頃はまだ若かったし、知らぬ土地で敵を作りたくなかったんだよね。いまの私だったら確実に面倒になったとしても文句言う!!間違いない。だって自分の尊厳を傷つけられているのだから当然。
で、なんでこの話が出てきたかというと、
これが被害者の種として私の中にいまだにあったということ。
この「許すまじ!!!!」っていうのを当時感じ切らず、
「肌身離さず身に着けていなかった私が悪い」という罪悪感に変換して13年くらい持ち続けていたことに気づいたのです。
2023年、私は「裏切られた・騙された・嘘つき!!・搾取される!・奪われる」というなぜかこのワードがチラチラ顔をだしていることに気が付き、戸惑っていた。なんでここにきてこんな被害者っぽい感情のオンパレードが…。
そこで最近これらの感情を感じた出来事に対し、ひとつひとつ感情を感じてみてその先に何が出てくるか確かめていたわけですが、この忘れかけていたカナダでの出来事を鮮明に思い出し、「これだ!Σ(・ω・ノ)ノ!」とピンときったってわけです。私はこれを感じたかったよう。
まさにこの出来事を出発点として、その後の被害者意識を持ちたくなるような出来事が次々と起きていくワケですが、何が言いたいかというと、怖いですね。何が発端となってこんなに長い間嫌な気分を感じさせられるかわかったもんじゃない!
だから日頃から自分の感情を大切に扱うことは本当に大切なわけで…。
被害者意識なんて持ってたらいいことないから手放すんだ!とかいって無理に平気なフリをしたり、自分が悪かったから仕方がないんだって無理に飲み込んだりすることは絶対にやめましょう。感じきるまで終わらない。
それに傷ついたって良いんです。
その傷ついているっていうことに他の誰でもなく自分が気づいていればそれでOK!そう納得できるくらい自分の話を聞いてあげることが本当に大切なんだなってこの出来事から気づきました。
そうすれば誰かに可哀そうな人間だなんて認めさせる必要はないし、被害者でいつづけることもなくなる。あなたは被害者ではありません。自ら選んでそこにいる。