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柄谷行人『世界史の構造』【基礎教養部】


今年度からの取り組みということで、柄谷行人『世界史の構造』をHiroto氏、匿名希望氏と同時期に課題図書として読んだ。
Hiroto氏の書評と記事を参考にしながら、主に「第四部 現在と未来」に絡めて考えたことを記事にする。本稿を書く上で参考にしたHiroto氏の800字書評とnote記事は以下である。

筆者柄谷氏は、この本を通して原始時代から近代までの交換様式の推移を語っており、第四部ではカントの思い描いた「永遠平和」をどう実現するかについて少し触れ、締めくくっている。現代史をやっている途中に時間切れになってしまった高校の歴史の教科書のようで、そこが一番知りたいのに!と多少残念な気持ちになった。別の本で語られていたりするのだろうか。
ここでは、現在ありふれている交換様式がどのようなものなのかを考えて分類してみようと思う。

SNSにおける交換様式(特にTwitter)

現代の贈与は多岐にわたる。人は毎日、贈与し贈与されながら生きている。その日誰に会わなかったとしてもである。私が暇な時間に利用しているTwitterでは、いいねやRTの贈与が行われている。そこに注目してみる。2ちゃんねるのように完全匿名だった時代から一変し、今はSNSのフォロワーに顔見知りがいるというのが普通になってきている。むしろSNSきっかけで顔見知りになることが多かったりする。さらに電話番号と連携することで、膨大な数のSNSアカウントから身内を見つけ出すことは極めて容易になった。どうぞ家族や友達とつながってくださいという仕様である。

SNSは、交換様式のどの段階にあるといえるだろうか。

SNSの内部では、交換様式Bの段階にあるフォロワーの略奪と再分配のような物騒なことは起きていないが、もう少し引いて見たとき、SNS間ではユーザーの奪い合いは確かに起きていることがわかる。持続的に一定数のアクティブユーザーを確保できることは、広告収入を主としたサービスの中では確かに強い。スマホに備わっている万歩計の機能と連携して歩数や移動距離を稼ぐとマイルがたまり、何かしらの景品がもらえるアプリを見たことがないだろうか?見かけ上のシステムに騙されアプリを入れても、景品がもらえるまでにかなりの時間を要するあの仕組みは、明らかに持続的なアクティブユーザーの確保が狙いである。しかし、そうして作られた国家も略奪と再分配のつり合いが取れていないと、やがて国民はいなくなってしまう。
また、SNSという帝国は、支配はするものの各共同体(各界隈)を同質化させたりすることはない。そのような自由さに引かれ、国民は増え続けている。
SNSという帝国の中には、共同体がある。帝国の中の共同体とは、Twitterでは界隈と呼ばれるものにあたるだろう。略奪などはないものの、たまに界隈間で炎上が起きたりしている。この点で交換様式Cの特徴が出ている。しかし、共同体に首長が存在しない場合も多々ある。
このように帝国内に共同体が編成されている状況でミクロに見たとき、いいねやRTの互酬が行われている。同じ趣味でFFになったAさんとBさんがいるとしよう。この2人は顔見知りとまではいかないまでも、お互いの共通の趣味があり、仲良くなりたいと互いに思っている。AさんがしたツイートをBさんがいいねしたとき、Aさんの中に、Bさんのツイートを次に見かけたときはいいねしたほうがいいのではないかという思いが生まれる。負い目まではいかないが、弱い返礼の義務が少なからず生じているのではなかろうか。RTされた場合も同様、いいねかRTでお返しを…という心理が働いているのではないかと私は思う。こう考えると、弱いながらもSNS上では、交換様式BとCがドミナントな状況に交換様式Aが回帰してくる交換様式Dが成立しているといえるのではなかろうか。

図らずも独りよがりで適当な議論をしてしまった感じがするが、テーマとしては良かった気がする。この本はまた読み返したいと思う。無教養人の私が読んでも面白いと感じる言及が多く、手元にある本には付箋がいっぱい貼ってある。


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