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美しき復讐の女神

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#青池勇飛

連載長編小説『美しき復讐の女神』21

連載長編小説『美しき復讐の女神』21

        21

 額を机に落とすとゴチンと鈍い音が鳴った。痛みはなかったが、振動が脳髄まで響いて背中が気持ち悪かった。
 隼人が危惧していた通り、試験の結果は散々だった。まだ答案は返却されていないが、解答に対する手応えがまるでなかった。和葉の予想通り、受験を控えた生徒に配慮して易しい問題が多く出題されたのだが、隼人はまったく手に負えなかった。試験勉強を怠ったわけでもなく、体調を崩していたわ

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連載長編小説『美しき復讐の女神』20

連載長編小説『美しき復讐の女神』20

        20

 学期末のレポート課題が提示されると、いよいよこの時が来たかという思いになる。気が引き締まるとは言わないが、最低限単位取得に必要な点数を得られるかどうかが三浜の懸念する点だった。特に三浜の場合は欠席が多く、そのため期末試験で平常点をカバーしなければならなかった。三浜は危機感を感じていた。ただ、その危機感が嫌ではなかった。なぜなら三浜は単位を取得できなくても構わないと思ってい

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連載長編小説『美しき復讐の女神』19

連載長編小説『美しき復讐の女神』19

        19

 まるで試合前のような緊張感を持って隼人は図書室に向かった。そのせいか、静かに開けるドアに掛けた指先に神経が集中した。冬の冷気と暖房の温気が混ざり合い、胸がぐるぐると掻き回されるような温度を感じる。それは図書室に和葉がいるから、という理由ではなかった。
 テーブル席にはヘアクリップを手元に置き、彫刻のように美しいポニーテールを束ねた和葉がいて、受験勉強なのか週明けから始まる

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連載長編小説『美しき復讐の女神』18-2

連載長編小説『美しき復讐の女神』18-2

 年が明けてから初めて訪れるセイレーンに、三浜は微かな高揚を覚えた。いや、セイレーンに対してではない。クリスマス以来、一度も顔を合わせていない凛と会えることに胸が高鳴っているのだ。店内に入った三浜は、笑みを浮かべて近づく玲華など気にも留めずホール内に凛を探した。
 だが凛の姿はどこにもなく、先月から続くセイレーンの違和感が店から華やかさを削ぎ落しているかのように三浜には思えた。
「凛なら奥にいるわ

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連載長編小説『美しき復讐の女神』18-1

連載長編小説『美しき復讐の女神』18-1

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 街はいつもと変わらず賑わっているのだろう。ベッドの中で三浜は思った。一週間前までクリスマス一色だった世界は、まるで掌を返したみたいに正月ムードが漂っていた。買い出しに出掛けたら、天井に吊るされている広告は皆正月のものだ。すでに年は明けたが、まだおせちの予約を受け付けている店も多くあった。夜になれば今も多くの場所でイルミネーションが行われているが、やはりクリスマスと正月では

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連載長編小説『美しき復讐の女神』17-2

連載長編小説『美しき復讐の女神』17-2

 太一が帰宅したのは午後七時を回ってからだった。八時を回っても帰らなかったら夕飯にしよう、と美代子とは話していた。今日ほど父の帰りを待ち望んだ日はなかった。結局隼人は、凛の存在を警戒して一度も部屋を出ることはなかった。母が様子を見に来て、「お餅はどうする?」と訊かれたが、食欲はなかった。胃袋は空っぽのはずだったのに、本当に食欲を感じなかった。だが不思議なもので、早々に尿意を催した。だが凛を警戒して

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連載長編小説『美しき復讐の女神』17-1

連載長編小説『美しき復讐の女神』17-1

        17

 川越八幡宮で引いた大吉を引っ提げて、隼人は帰宅した。元旦は、なぜか毎年空気が澄んで見える。冬らしい張りつめた大気のせいか、あるいは無意識に脳が切り替えられているのか、そのメカニズムはまるでわからない。初詣に行くと、神社の鳥居、石畳、手水舎、賽銭箱など目に映るものが透き通るみたいに綺麗に見えるのだ。
 今日も同じだった。和葉と二人で出掛け、いつもと同じ景色が見られたのは自分

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連載長編小説『美しき復讐の女神』16-2

連載長編小説『美しき復讐の女神』16-2

 アルザスの辛口が、舌に沁みた。だがその分デザートのケーキは一層甘みが増し、フランス料理に難色を示した凛も、すっかり満足していた。六本木でフレンチは凛にとっては新鮮味がないのかもしれない。だが三浜は、直前までクリスマスの雰囲気に合った店を吟味し、フランス料理を選んだのだった。
「焼肉だってよかったのよ」
「焼肉に行ったら、どうせまた焼肉? とか言われそうだったからな」
「さあ、どうかしら」
 両肩

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連載長編小説『美しき復讐の女神』16-1

連載長編小説『美しき復讐の女神』16-1

        16

 不吉な着信音で目が覚めた。聞き慣れたメロディーも寝起きに唐突に鳴っては不快だ。三浜はスマートフォンを手繰り寄せ、画面に表示された名前を見て舌を鳴らした。電話を掛けて来たのは瀧本だった。
「何で出ないんだよ」
 通話を始めると、挨拶もなしに瀧本の不満そうな声が言った。三浜は、もう二、三度瀧本から電話が掛かっていたのを知っていた。だが睡眠を妨害された嫌悪感と、どうせクリスマス

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