あの人の足跡はもみじ
最近、毎朝ふとんが私にしがみついてきて、なかなか離してくれない。
何度「今日は1限から授業があるから」なんて言っても、ふとんから脱出するには目覚めてから最低でも1時間くらいかかる。
授業が始まる3分前に大学に到着し、急いで2階まで階段を駆け上がろうとした。
いつもなら、トントントンッとリズムよく速足で上がって息を切らすこともなく余裕で講義室へと、たどり着くところだ。
しかし今日は、いつもと条件が違っていた。
私の前に、おそろしくゆっくりと、階段を上がるというより、もはや踏みしめている人がいたのだ。その人は、おそらく同じ目的地へと向かっている。その割には、私の焦りなどバカバカしくなるほどの悠長さで足を動かしているけれど。
思わず時間を確認してしまう程だった。
やっぱり20分前ではなくて、もう2分前だ。
私は比較的、普段から歩くのが速い方だ。道や廊下、階段で、前をのんびりさんが歩いている時には、たいていわずかなすき間も見逃さずに抜いていく。
もちろん今日だって、時間を確認してからはなおさら、右か左かにスペースが出来ないかと抜くタイミングを見計らっていた。けれど前を歩くその人は、ど真ん中を歩いていて、ただでさえ2人で横並びになるのがやっとの階段を、まるで自分のためにひかれたレッドカーペットの上を歩くように堂々と歩いていた。
後ろからなんとかイライラオーラを放とうと、少し大きめの音を立てて次の段へと足を置いてみたり、抜こうという素振りをダイナミックにしてみたりする。これが車なら、あおり運転で通報されかねない。私の努力もむなしく、その人はイヤホンを耳にはめ、あいかわらず階段を占領している。
なんとか1.5階まで上ってきたところで、残り1分。
いよいよ腹が立ってきた。
もう「すいませーーん!!」と大声で言いながら強引に突撃するしかないのかと思い、力を入れようと足元を見たその時、前の人の靴の裏についていた紅葉が落ちた。
スタンプを押されたかのように、ひらっと落ちるのではなく、ぺたっと落ちた。
この人の足跡は紅葉なのかもしれないと思うくらいに、ごくごく自然に白色の階段の段差に紅葉が張り付けられた。
ゆっくりと階段を上る間に、幾度となく踏んづけられているはずなのに、その紅葉が妙に美しかった。欠けることなく折れ曲がりもせず見事な手のひら型で、鮮やかな赤。
踏まれた秋を見て、秋の終わりを感じた。
突如として足元に現れた紅葉に気を取られつつも、先へと急がなければならない。
紅葉を踏まないように足早に上がっていく。
ゴールは目前。
見事1分前に到着することができた。
あれだけイライラしていたはずなのに、「あの人の足跡もみじだったなぁ」と、なぜだか少しの幸福感と切なさに満ちた朝だった。