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【ゆのたび。】19: 野沢温泉 ~日帰り外湯巡りRTA(リアル湯治アタック)②~

前回からの続き。

前回は3つ目の外湯の『熊の手洗湯』を制覇したところまで書いた。

3つの外湯に入り終わった時点ですでに時間は1時間経過しており、私は時間の経つ速さに愕然とした。

このままでは単純計算で4時間以上が全湯制覇にかかることになる。

それはまずい。かなり良くない。

それでは確実に日は沈み、明るいうちに帰ることはできない。

できるだけスピーディーに湯治を完遂しなければならないのだ。

気合を入れよう。


④真湯

熊の手洗湯を出た私はそのまま来た道を戻る。分岐点まで戻ってくると、横落の湯方向とは反対方向の道に進む。

そこからしばらく上り坂を登ることになる。野沢温泉の集落は起伏が多く、歩いていると結構アップダウンが多い土地だ。

集落の端まで来て、一本の細い道へと逸れる。

その突き当りに4つ目の外湯がひっそりとある。


真湯の佇まい


あらたかな字。美しい木目の看板が客を見守る

4つ目の外湯、『真湯』である。

泉質は単純硫黄泉。

効能は痔疾などの温めるとよい病に効くと言われている。

少しさびれた集落の端で、木造の風情ある建物には不思議な華がある。華美ではないが、目を惹く外観だ。

集落の端にあることもあり、周りに人の気配の少ない。温泉街中心の湯治客らが行き交う喧騒はなく、鳥のさえずりがよく耳に響く静けさがある。

やはり湯は、他人に気遣うことなく穏やかな孤独の中で楽しむのが一番に私は思う。

先ほどちょうど真湯の前で先客と思われる人とすれ違った。浴室には誰もいないのかもしれない。期待を込めて私は真湯の扉を開いた。

案の定中には誰もおらず、隣の女湯からも人の気配がしないことから今ここには本当に私しかいないらしい。こいつは僥倖だ。

室内は他の外湯と同じく脱衣場と浴室が一体となった造りをしている。

やや縦長の室内で、少々狭めの脱衣場の奥にタイル敷きの浴室と石製の浴槽がある。

湯船はこじんまりとしていて、大人数人で窮屈さを感じ始めそうな大きさだ。

さて、真湯の特徴は湯花が多く湯に漂っていて白濁していることだ。

13もがある野沢温泉の外湯の中で、湯が白濁しているの場所は数少ない。

その中でも真湯は特に湯花が多いことで知られた外湯だ。

同じ源泉から引湯していたりして似た泉質の外湯もある中、ひと味違う湯の味わえる。

濁り湯は大好きだ。まさに温泉といった見た目をしているし、湯花がこれだけ大量に浮かんでいるのだから効能もたっぷりなのが自明である。

そろりと足を入れてみると、ふむ、どうやら先客が湯温の調節をしてくれていたらしく、熱めではあるが落ち着いて浸かることのできる温度である。

私が湯に入ったことで湯花が一層舞い上がり、湯の中はもうもうと白濁する。

舞う湯花を上手いこと1つ摘み撮り、軽く指先で磨り潰して匂いを嗅いでみる。

そうすれば硫黄の匂いがふわりとしてきて、まさに温泉に浸かっているのだと良い気分にさせてくれる。

湯を舞う湯花を見つめていれば長風呂だっていとも簡単にできそうだったが、名残惜しくとも湯から上がることにする。

まだいくつも良き湯に浸からないといけない。

皆に平等に、そして足早に入らなければ湯巡りは達成できないのだ。



真湯のスタンプ

これにて4つ目の外湯、『真湯』制覇である。


⑤麻釜湯

火照る体は温泉が効いている証だ。

しかし湯をはしごしていると、その証はなかなかにしんどいものである。

薄着でいるのに汗はにじむので何とか日陰で体を涼ませつながら、次の外湯を目指して歩みを進めていこう。

来た道を戻り、今度は下りとなる坂を下りていく。

上寺湯と熊の手洗湯がある方へ続く道がぶつかる十字路に戻ってくると、ここまででまだ行っていない、残された道へ左に折れる。

そこから少し先に二股の分かれ道があるのだが、そのちょうど分岐点に5つ目の外湯がある。


麻釜湯


白く鋭さのある字。穴すら味な看板が客を注視する


私はここを一度通りずぎてしまった。

というのもあまりに自然に立っているものだから、気づかなかったのである。

おかしいなと思って引き返して来てみれば、どうして素通りしてしまったのか分からないくらいに堂々とそこにある。

平屋風な造りもあって、これまでの小さな旅館のような建物を探して正面ばかりを見ていただけについ見落としてしまったらしい。

泉質は含芒硝-石膏・硫黄泉。

痔核、糖尿病、リウマチ、中風、神経痛などによく効くと言われている。

名前の通り、ここは野沢温泉の代表的な源泉にして観光地である『麻釜』から引湯している外湯だ。

ここまでに入ってきた横落の湯、上寺湯も同じく麻釜から引湯しているため、これらは実質同じ温泉である。

違う湯も求めているのなら入らなくとも良いかもしれないが、しかし私の目的は外湯巡りである。全部の外湯に入りたいのだ。

というわけで中へIN。

他の客が中にはいたものの、私が服を脱いでいると湯から出て服を手早く着ると外へと出て行ってしまった。

どうやら彼も独りの湯を楽しみたかったらしい。そして十分に楽しめたからか、今度はその楽しみを私に譲ってくれたようだ。

ありがたい、ならばそれに甘えて楽しませてもらおう。

中はやはり脱衣所と浴室が一体で、浴室はずいぶんと古びた見た目の石製だ。

男女の浴室を隔てる壁は天井付近で切れ、互いの声がツーツーになっている。

どうやら隣には数名の女性がいるらしく、姦しい話し声が響いてくる。

こういう複数人グループとい合わせたとき、部外者たる私はいつも物音を立てないように意識してしまう。多勢に無勢というか、私が音を立てて彼らの時間に水を差してしまうことに奇妙な罪悪感があるからである。

これまでの外湯と比べて薄暗さのある湯だ。陰気だとか不気味だとかそういうものはないが、どこか街はずれの隠れ家的な雰囲気がある気がする。

……実際の立地は旅館の立ち並ぶ通りの真ん中なので街はずれでも何でもないのだが。

この少々のうらびれた感じがまた良い趣だ。外観も木板の壁が風で劣化し、良い具合の古びが出ている。

新しいばかりが良さではない。時には古さも良さになる。建物の傷や痛みもまた雰囲気を作る要素になるのだ。

しばらく体を湯に沈めていたところで、新たに客がやって来た。

ちょうどよい、あと30秒ほど浸かったら上がらせてもらおう。

先ほどの客のように、私も彼に独りを譲ってあげよう。



麻釜湯のスタンプ

これにて5つ目の外湯、『麻釜湯』制覇である。



⑥瀧乃湯

……だんだんと日が傾いてきているのが分かる。

日の光にオレンジ色が混じり出し、少しずつ暗さがにじみ出している。

まだ暗くなるにはしばらくかかるだろうが、もう少し足を速めた方が良さそうだ。

麻釜湯を出て、車一台がやっと通れる細い坂道を上る。

雰囲気の良い旅館がいくつもあるが、悲しいことに私はそこには泊まれない。

泊まりたいけど泊まれない。今回の私は日帰りである。

坂を登りきると、いくつもの区画に分かれた湯の溜まる水槽がある広場にたどり着く。

そこがいくつもの外湯に引湯される源泉の『麻釜』だ。

野沢温泉に30以上もある源泉の1つで、地元の人々が野沢菜を洗ったり野菜をゆでたりするのに利用する生活の場である。

まさに地域の人々の台所だ。

一方で麻釜は国の天然記念物に指定される地でもあり、国の資産の意味でも価値のある場といえる。

そんな麻釜から道をそれ、坂を上がってさらに奥へ。

山が近い集落の端までやって来ると、道の突き当りで木々に紛れるように外湯はある。


瀧乃湯


流れるような字。緩い扇形の看板が客を見止める


6つ目の外湯、『瀧乃湯』である。

集落の端にあって木々に囲まれているからか、これまでの外湯とはまた違った雰囲気だ。

どこかノスタルジックな感情を醸させてくる。

世俗から少しだけずれたところにあって探しても見つからない、でも偶然には出会えるような……私はふと『マヨヒガ』を思い出す。

マヨヒガ(まよいが、迷い家)は関東や東北に伝わる伝承の1つだ。

訪れた者に富をもたらすとされ、マヨヒガは無人の建物ではあるものの廃屋ではなく、中にあるものは好きに持ち帰っても良いという。

しかし欲につられて探し求めても出会うことはできないとも言われる。

さすがに大仰ではあるけれど、ほんの少しだけ漂う秘密めいた雰囲気に私は惹かれるものを感じたのである。

そろりと扉を開けて中を覗き込む。

どうやら誰もいない、独り風呂を楽しめそうだ。

中は脱衣場と浴室が一体となっていて、入ると湿気を含む空気が温泉の匂いとともに鼻腔内をいっぱいにする。

天井は物見櫓風に作られているので高く、広々とした感じがする。

浴室は浴槽に至るまで全面昭和レトロなタイル張りで、温泉の注ぎ口だけが野性味ある石を積み上げられて作られている。壁には瀧乃湯と書かれた湯もみの板がかかっていて、湯が熱い場合はこれを使って湯を混ぜるのだ。

泉質は含石膏-食塩・硫黄泉。

重病後の回復期などに効果があるとのことだ。

湯の色が熊の手洗湯と同じく透明な翡翠色で、温泉なのにどこか清涼感がある。

足先を湯に入れてみると、これが意外にも熱すぎることなくちょうどよい。

野沢温泉は源泉温度が高く、加えて外湯は基本的に源泉かけ流しだ。時にはとてもじゃないほどに熱かったりするのだが、今回はそうでないので湯を落ち着いて味わえる。

……静かだ。女湯側にも人がいないことを加味しても、静かだ。湯の注がれる音が静寂の中にタパタパと響く。

おそらく普段から近くを歩く人も多くはないからだろう。長く無人の家の中には埃が層となって積もるように、ここには静けさが積もっているように思える。

と、そんなポエティックな感傷浸りはそこそこに湯から上がる。

――熱い! 短い入浴さえもだんだんときつくなってきた。体から火照りが抜けきらなくなってきている。

涼みと同時に、そろそろちゃんと水分補給も必要だ。


瀧乃湯のスタンプ

これにて6つ目の外湯、『瀧乃湯』制覇である。



⑦大湯

秋も深まり出して涼しくなってきた夕風を浴びながら、日が傾きつつある道を下り戻っていく。

瀧乃湯を制覇したことで北側の外湯はすべて訪れたことになる。ここからは集落の中心地へと戻りながら南側へと歩き、途中に点在する外湯を訪ねていく。

坂を下り、麻釜へと一気に戻る。そこから左方向に延びる細い道を進んで中心地を目指す。

途中の土産屋には長野らしく山の幸が多く並び、そんな品ぞろえが郷愁を抱かせるのに一役買っている。

品々を横目で見つつ道を下っていくと、だんだん旅館などの建物の密度が上がってくる。

そして賑わいの多い交差点に突き当たると、その中心にひと際目立つ建物の外湯が見えてくる。


大湯


書くのではなく、掘られた字。建物とは裏腹に控えめな看板が客を見やっている

7つ目の外湯、『大湯』である。

大湯は野沢温泉のシンボル的な外湯で、パンフレットや観光情報サイトで野沢温泉を紹介するときに写真で多く使われる。

他の外湯と同じく地域住民の生活の場の一部ではあるが、一方で多くの観光客を受け入れたりするシンボルとしての矜持があるのか、他よりも華やかで堂々たる佇まいだ。

さすが大湯といったところなのか少し待ってみても客足は途切れることはなく、客が出てきても新しい客が次々とやって来てしまう。

これはどうやら独り風呂はできなさそうだ。

まあしかし、他人と湯と空間を共有するというのもまた温泉の醍醐味でもある。

そして今はRTAの最中……入れるときには早めに入ってしまいたい。

という説明を己自身にしつつ、私は綺麗に仕立てられた木の扉を開けて中へと入った。

中はやはり脱衣所と浴室が一体となっている。物見櫓風に建物が作られているので天井は高く、また床面積も大きいので外湯にしてはそれなりの広さがある。

石造りの床に木製の湯船があり、湯船は真ん中で仕切られ2面になっている。

これはそれぞれで湯温が異なり、ぬるめと熱めの湯が楽しめるようになっているのだ。

泉質は単純硫黄泉。

胃腸病、リウマチ、婦人病、中風に効果があるらしい。

いつになく人がいる外湯に少し身構えつつ、私は足先を湯に差し入れた。

……いや、他の客は平然と入っているけれど結構熱いぞ?

先客たちは静かに湯に浸かっているが、湯の温度は一般的な湯温より明らかに高い。肌が熱さでピリピリするのはあと少し高ければやけどしてしまうと肌が悲鳴を上げている証拠だ。

一応冷却用の冷水が注ぎ入れられているのでだいぶ冷えてきてはいるのではあろうが、もう少し冷ました方が私の好みである。

……いや、これでもだいぶまともに入れる温度なのだ。

実は前にも大湯には訪れたことがあるのだが、その時は落ち着いて入れる気が全くしなかった。

そのときは季節が冬で、雪は降っていなかったがとても寒かった。

おかげで指先は冷え切り、裸になると冷気が寒くてすぐにでも暖かいお湯に飛び込みたいと思っていたのだ。

しかしその冷えた足先を湯に入れて――その瞬間、暑さで跳ね上がってしまった。

もはや痛いくらいだった。入ったら指がもげるとまで思ってしまった。

そして湯の熱さに怖がる私を、その熱すぎる湯の中に平気な顔をして入っている中高年の男性がニヤニヤと見てきていたのを今でも覚えている。

それと比べると十分に冷まされ、湯の心地よさを味わえるくらいになっていて幸いだ。

だが、しかし! 7つ目の外湯にこの熱さはさすがに堪える!

私は急ぎ目に湯から抜け出したのだった。


大湯のスタンプ

これにて7つ目の外湯、『大湯』制覇である。



⑧河原湯

大湯の熱さが抜けきらないうちに私は大湯正面の坂を下る。

私はこのとき、少し身構えながら次の外湯を目指していた。

実はその外湯もまた、前訪れたときに熱い思いをした場所だからである。

細い坂道は案外車通りも人通りもある。道が狭いので車のすれ違いに気を付けつつ、緩やかにカーブする道を下っていくと陰からふわりと外湯が姿を現す。



河原湯


年月でかすれた字。古びれた看板が客を見入る

7つ目の外湯、『河原湯』である。

近くに大湯があるのでこちらには比較的人が少ない印象だ。

人が少ないのならばゆっくりと湯に浸かってのんびりできそうに思えるが、そう簡単にはできないのを私は体験済みだ。

意を決して中へと入る。

中は変わらず脱衣所と浴室が一体になった造りだ。

正方形の石タイルが敷き詰められた床に、黒い石で作られた浴槽がはめられている。

泉質は含石膏-食塩・硫黄泉。

胃腸病、リウマチ、婦人病、中風に効果があるらしい。

透明な湯が私を招いているが……知っているぞ、お前は激熱なんだよな。

壁に書かれた『熱湯注意』の字は何も嘘をついていない。注ぎ口から出る湯は非常に熱く、もしここにしばらく誰も入っていないのなら湯船はさながら釜茹で地獄だ。

と、これは私が前回得てしまったトラウマによるもの……もしかしたら実はそれほどでもないのかもしれない。

ということで服を脱いだ私は、いかにも気軽そうな振る舞いで足先を湯へスッと差し入れた。

そして――やっぱり熱いじゃないか!

少し前に誰か入っていたとか前よりもぬるくは感じる。

しかしそれでも熱い。やっぱり入るには私にはきつい湯温だ。

すばやく冷水を蛇口から注入。風呂桶で湯をぐるぐると混ぜることしばらく、熱くはあるがなんとか入れる温度になった。

熱い湯に水が動くような激しい入り方をすると本気でやけどしかねない。

ゆっくりと湯に入り、肩まで浸かる。

熱い、しかし良い湯だ。

地元の人々はこの湯に慣れて日常使いしているのだから流石である。

長湯は少々私には厳しい。

一応はちゃんと入ったということで、カラスの行水をさせていただこう。


河原湯のスタンプ

これにて8つ目の外湯、『河原湯』制覇である。



⑨松葉の湯

熱い湯から逃げるように河原湯を後にした私は、いったん道を戻って土産屋の立ち並ぶ通りを抜ける。

蒸気を上げる蒸し器からは温泉饅頭の甘い匂いが漂い、思わず1個食べたくなってしまう。

湯あたり防止には甘いものが良いと聞いたことがある。旅館に泊まると茶菓子が備え付けられているのもその一環だとかどうとか。

誘惑を振り払い、少し細い脇道へと入る。

坂道をしばらく登っていくと、横にフッと外湯が姿を見せてくる。


松葉の湯
ひらがなの白地が印象的。そのまま伐り出したかのような看板が客を見物する

9つ目の外湯、『松葉の湯』である。

この外湯は二階建ての珍しい外湯だ。1階部分はトイレと洗濯場になっていて、風呂場は男女ともに階段を上った2階にある。

障子風の窓ガラスも相まって古い旅館のような佇まいだ。

二階建てのために建物が立体的で、ちょっとワクワクさせられる。

階段を上り、温泉の方はいかなるものか体感させていただこう。

中はいつも通り脱衣所と浴室が一体となって……いなかった。

珍しいことに脱衣所と浴室がガラスの引き戸で仕切られている造りになっていて、ここに来て見慣れない(普段なら見慣れているはずの)内観の外湯に出会った。

仕切られていることで湯の温度が脱衣所には伝わらず、外気の肌寒さがそのまま室温になっていて温泉の匂いも薄い。

引き戸を開けるとようやく温泉の温度と匂い、湿気が肌を包んできた。

大きな窓が外光を取り入れるので浴室内は結構明るく、床は石材のタイルに壁は木板でできている。浴槽は縁取りに黒い石を用いた石製だ。

泉質は含石膏-食塩・硫黄泉。

湯の色は無色透明に近く、効能的には麻釜と同じとのことで、痔核、糖尿病、リウマチ、中風、神経痛などによく効くということだろう。

トラウマ的熱さを持つ2湯を乗り越え、私は少し気が楽になっていた。

時間に余裕があるわけでもないが、ここらで1つリラックスした入浴をしたいところだ。

そんな風に思いつつ私は湯へと足を差し込んで――


あっつ過ぎて、飛び上がりそのまま転びそうになってしまった。


びっくりした。不意打ち過ぎて人目もはばからず声を上げてしまった。

たまたま独り風呂で良かったと思う。

足を入れた矢先はそこまで熱さを感じなかった。

が、次の瞬間には猛烈な熱さで足が焼かれ、脊髄反射によって思わず飛び上がった。

え、これ河原湯レベルに熱くないか?

おそるおそる指先を入れてみるも……だめだ、熱すぎる。すぐに湯から退散する。

これは人の入れて良い温度ではない。シャレにならないくらいに熱い。

差し水を大量にして十分に冷まさなければ「良い湯だな」だなんてとてもではないが言えない。

というわけで必死に湯を冷却開始である。

蛇口を全開にして冷たい水を熱湯へと注ぎ、壁に備え付けられた湯もみ板を使って湯を混ぜまくる。

もう冷めたかなと思って手を湯に入れてみるも、少しも変わらず熱いまま。

まだ駄目だと冷まし作業続行。

そうしていると地元の方だろう初老の男性がやって来て、ふと私と目が合うとフッと微笑んできた。私もつられるように笑みを返す。

「熱くてまだまだ入れません」

「そうですか、熱いですか」

彼もここの湯の熱さは十分に分かり切っているのだろう。

他の人が来たので、なんとなくより一層早く湯を冷まさないといけない気になる。

手を入れてみるとわずかに冷めた気がしたので、今度は風呂桶を使って湯をもんでみる。

冷えない、なかなか冷めてくれない。

RTA中なのにこの湯冷ましタイムはタイムロスだ。

すぐに入ってしまえると高をくくっていたのに気づけば時間を食ってしまっている。

早く冷めてくれと思いながらふと視線を上げれば男性と再び目が合って、所在なくなってまた笑みを交わしてしまう。

他人同士の互いに気を遣い合う、なんとなく居心地の悪い空気。

ああ、早く冷めてくれないかな。きっとそれが共通の胸中だっただろう。

しばらくしてようやく入れるくらいに湯は冷め、私は今だとばかり湯に入り込む。

それでもまだ湯はかなり熱めではあったが入れないほどではなくなったので、冷水を弱く注ぎつつ入浴を敢行することにした。

男性も湯に入ってきたのを見て何故かホッと一息。湯に入れたことへの達成感と安堵感に私は天井を見上げた。

そして湯がまた熱さを取り戻す前に湯から上がる。

体の火照りはこれまでのどの湯よりもある気がした。


松葉の湯のスタンプ

これにて9つ目の外湯、『松葉の湯』制覇である。


外はだいぶ暗くなってきている。

想定以上に時間がかかっていることに正直驚きだ。

残る外湯は4つ。

日の入りはもうすぐ。

果たして私はあとどれくらいで外湯回りきることができるのか……。


今回はここまで。

次回、野沢温泉外湯巡りRTA完結。




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