【ゆのたび。】21: 駅の温泉リバーサイド津南 ~駅にある温泉から電車を眺めて~
駅の数を数えたことがあるだろうか?
日本には2023年現在で9000以上の駅がある。
昨今のローカル線の廃止や乗降客数の少ない駅の廃止によってその数は減少しつつある印象だが、それでも全国を網羅するように設置された路線には、JRや私鉄問わず非常に多くの駅が存在していることに変わりはない。
そんな数ある駅の中には、他と差別化するために様々な特徴を持っていることが多い。
例えばたくさんのショップを駅舎に構えているとか、景観が優れているとか。
その中で、全国には温泉を有する駅がいくつか存在している。
なるほど、それは魅力的だ。
私は温泉が好きだ。しかしそれと同時に鉄道の旅も好きである。
ふらっと降りた駅に温泉があったりしたら、きっととても私の心が踊ってしまうに違いない。
そんな私には素敵に思える駅だが、どうやら全国に現在温泉のある駅は10か所だそうだ(ここでは駅舎に温泉施設のある駅をカウント)。
参考サイト↓
10か所! 9000以上もある全国の駅の中で、たったの10か所!
激レアといってもいいくらいの割合だ。
その希少な駅の1つが新潟にある。
新潟の西側、長野県との県境に近い津南町にある津南駅である。
鉄道には不思議な魅力がある。
温泉にも惹かれてしまう魅力がある。
良いものと良いものが合わされば悪くなろうはずがない。
ということでひとっぷろ、浴びに行ってみよう。
今日も湯を求めて、である。
津南と言えば豪雪だ。毎年数メートルの積雪を記録する日本屈指の豪雪地帯だ。
一方で、津南には山間に近いためか温泉も多く湧いている。豪雪と温泉、寒さと暖かさは正反対でありながら実に相性が良い。
雪を見ながら温泉に浸かるのはたまらない至福である。
津南を訪れるのは久しぶりだ。有名な観光スポットである『清津峡』に訪れた以来である。
さて、私は車を走らせて津南駅へと着いた。
ちょっと待て、そこは堂々たる鉄道で駅に向かうのが筋というものではないか?
確かにそうかもしれない。
だが仕方がなかったのだ、許してほしい。
津南駅はJR飯山線の駅だ。飯山線は自然豊かな沿線を横目に走るローカル線である。
そして一日の運行本数の少ないところもまさにローカル線らしさ満載だ。
この路線を頼りにしてしまうと、なかなかに時間的制約が大きくなってしまって予定が立てづらくなってしまうのだ。
接続が悪くなることで利用がそもそも少ないローカル線をさらに使わなくなってしまう悪循環ではあるのだがどうしようもない。
いつかは必ず電車で訪れてみようと心に決めつつ、私は駅舎を見上げた。
リバーサイド津南
温泉は駅舎の2階だ。デカデカと宣伝文字が書かれているから分かりやすい。
それにしても見るほどに不思議で面白い造りをしている。
温泉施設と鉄道駅舎なんて普通に考えて一生関わりを持たなさそうな間柄だ。道の駅だったらば反対に相性が良くて、実際に合体しているところもいくつかある。
同じ駅でも大きな違いだ。
そんなあり得なさそうな二つが目の前でまさにコラボレーションしてしまっている。
数ある温泉施設の中でもかなり独特だ。これは早く、駅の湯というのを味わってみたくなる。
温泉用具を持って駅舎に入る。
津南駅は有人駅で、窓口には駅員さんが作業をしているのが見える。
待合スペースには椅子がコの字に配置され、周囲の壁には周辺の観光地のポスターや近いうちに催されるイベントのポスターが貼られている。
駅舎の入り口から正面に進めばそのままホームに出られる。
そして駅舎に入って左を見れば、そこが温泉の受付だ。
まさに駅直結の温泉である。
受付の周りにはちょっとした売店も置かれ、少々のお土産やアイスなんかも買える。
料金はおとな600円。
営業時間が午後2時から夜20時30分までで、定休日は月曜日。
午前中に訪れないように気を付けたい。せっかく電車でやって来たのに営業前に着いてしまったとなるとなかなかに悲しい。
温泉は階段を上った2階にあり、私は料金を払って階段を上った。
と、どうやらここは毎週水曜日にお得な割引デーがあるらしい。
なんと350円で入浴が可能なようだ。お得すぎる、機会があるならぜひともこの日を狙って訪れたい。
階段を上ると正面に木の格子のふすまが見え、開けてみると奥は畳敷きの休憩スペースとなっている。
素朴でゆったりとした時間が流れてくれそうな、ホッとする空間だ。ポットもあってお茶が飲み放題らしいから、温泉から上がった後に使わせてもらおう。
さあ、温泉だ。湯に入らせていただこう。
暖簾をくぐり、更衣室へ。服を脱ぎ、浴室へ。
浴室には地元の人と思われる方々が数人いた。体をシャワーで洗い流し、彼らの中に混ざらせてもらう。
湯は少し茶色がかった色をしているように見えるが、泉質は単純泉だ。
湯に含まれる成分がそういう色に見せているのか、浴槽に成分が付着しているのか、はたまたただのタイルの色なのか……私にはよく分からないが、しかし分かることは一つある。
湯はやはり、気持ちが良い。
個人的には少しだけ熱めの湯だが、長い時間入っていても負担にならなそうな感覚だ。
温泉にはやっぱり、できるだけ長く入っていたい。そんな私の想いである。
サウナが併設されているが、しかし利用禁止になっていた。コロナの影響で利用できなくなってから、コロナが収束してもいまだにそれを解除していないようだ。
こういうところは割とある。コロナの猛威が収まっても一向に再開しないことからは、運営側の苦悩が推し量れるような気がする。
何を始めるのか、終わらせるのか。それは提供側の一存だ。
私たち利用側は与えられるものを受け取るのみである。
話がそれてしまった。温泉を堪能しよう。
この温泉には露天風呂は無く、内湯が1つだけでとてもシンプルな造りだ。
それだけならどこにでもある温泉、言ってしまえば特徴の薄い温泉にも見える。
だが、この温泉の最大の特徴はそこではない。
窓の外にこそ、この温泉の『売り』がある。
最初にも言ったが、この温泉は津南駅の2階に併設されている。
だから窓から下を見下ろせば……見えるのだ、電車が。
リバーサイド津南は国内でも珍しい、温に浸かりながら電車を眺められる温泉なのである。
鉄道好きには垂涎……かもしれない温泉だ。
立地も独特であれば、窓からの眺めも面白い。
温泉において景色とは重要な要素だ。多くの温泉が自慢の眺めを売りにして客を呼ぼうとしている。
その中で、この温泉の眺めはかなり希少だ。そもそも駅の上にある温泉なんて国内を探してもほとんどない。
あまり世間に知られていないのが不思議なくらいだ。
あまり宣伝も大きくはしていないのかもしれない。
あくまでも街の温泉な立ち位置でいたいということだろうか。ふむ、個人的には実に好ポイントだ。
ガヤガヤと賑わう温泉も良いが、静かで少し鄙びたくらいの温泉には得も言われぬ旅情がある。
独りの客としては、後者の方が好ましい。もちろん客ゆえのわがままである。
さて、津南駅はJR飯山線の駅である。飯山線は長野県長野市の豊野駅から新潟県十日町市を通って長岡市の越後川口駅をつなぐ鉄道路線だ。
そして、飯山線はローカル線である。ローカル線は運行本数が少なく、一時間に一本なんていうのはざらであり、むしろそれなら本数が多いくらいだ。
決して都市部住みの人間が普段使いの悠長な心構えで、ローカル線を使うのはまずい。
東京の山手線や大阪の東海道本線のように、乗り遅れても次の電車に乗ればいいわけではない。下手をすれば次の電車は数時間後である。
すなわりローカル線において時刻表は非常に重要になるのだが、それはこの駅上の温泉でも同じだ。
やはりここに来たからには電車を眺めたい。しかし入浴のタイミングを計らないと、1時間くらい長風呂し続けることになる。
というわけで、私は事前にちゃんと時刻表を見ておいて温泉へと訪れたのだ。そこら辺は抜かりなしである。
しかし、長野方面か新潟方面か、どちら行きの電車なのか確認し忘れたのをこの時気づく……抜かりアリである。
湯に少しの間浸かっていると、窓の外から電車のブレーキ音が聞こえた。
見下ろしてみれば、長野方面からは電車が見えない。どうやら長野行の電車だったようだ。
少し待っていれば、エアーの抜ける音がして、駆動音がし始めたかと思うと真下からヌッと電車の屋根が姿を現した。
電車はゆっくりと速度を上げると、反対にその体をだんだんと小さくしながら長野方面へと走っていった。私はなんとなくその後姿を、やがて赤いテールライトの方が電車の後面より目立つまで見つめていた。
地元民にとっての日常は、外様の者にとっての非日常だ。
去る電車へ目を向ける者は私以外いない。地元民は一瞥もせず電車に背を向けている。
私にとって少し奇妙な、地元民にとっての平常な雰囲気がそこにはあった。
しかし彼らにとってはむしろ私の反応が奇妙に見えるだろう。
そう、人々はそうして地元民にとっての奇妙を摂取しに各地を観光するのである。
しかし、迷惑をかけているわけでもないのなら少しくらい変に思われても良いだろう。
私は温泉と電車の眺めによる『奇妙』を得たことでとても満足である。
休憩スペースもある
ちなみに、2階にはなんとも味のある休憩スペースがある。
畳敷きで、座布団と机があるので湯上りにゆっくりできる。
本もいくつか置いてあり、適当に読むこともできる。
ポットとティーパックが置いてあるので、お茶をしばくことも可能だ。飴もいくつか置かれていたので、至れり尽くせりだ。
そうだ、こういうのでいいのだ。
凝ったサービスはいらない。こういう、田舎の匂いがする部屋でまったりするのが結局心地よいのだ。
利用者の少ない津南駅の上には、そんな居心地と眺めの良い温泉があった。
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