
愛のないホテルで後悔を重ねる日々です
いつもよりやけにフカフカな布団の上。身を起こそうとして、人肌を感じる。え、と言いかけて、口を閉じる。昨日、よそよそしく話していた大人の人が、隣にいる。色んな言葉が頭の中を駆け巡る。必死に記憶を辿る。頭痛。あっけなく諦めた。起きた?と言われて、なにも分からないまま笑顔を返す。この人、敬語で話さないといけない人だっけ。
酔いは醒めていなかった。起き上がることが出来ない。体に力が入らない。そのまま、横に居る大人、クマのようにしっかりとした体の、うーん、いわゆる、年上の男の人、の胸の中に潜り込む。まあいっか、とはならないんだけど、もうどうしようもない。肌から伝わってくる温度だけに集中する。体温は、とても気持ちがいい。相手の顔を見なければ。だれ、なんて、意識しなければなんとでもなる。男の人の、愛と性欲が別、って感情は、こんな感じなのかな、と思う。
昨日、可愛かったよ、と言われて、なんだか少し腹が立って、ありがとう、と返す。敬語、もういいや。可愛い、のお返しに、抱きついている腕の力を強める。昨日のわたしは、もういないのに。最悪な目覚め。
昨日のわたしの後処理を、今日のわたしがする。毎日誠実に生きた方が良いと言われる理由は、明日のわたしを楽にしてくれるから、だと思う。今を生きていても、結局は未来のために時間を費やしている、という感覚が嫌になる。そんなひねくれたことを考えてしまう時点で、今日はもう負けなのだ。負け組のわたしは、クマのもう一回、という言葉に返事をしなかった。ただ、昨日のわたしのままなフリをして、もうどうでもよくなったように、体を預けた。
行為、が、好意、になる瞬間。受けとる側の方が、圧倒的に、この感情の変化に気づくものだと確信している。行為でしかなかったものが、好意になってしまうこと、一方的にそう思われることは、正直気持ち悪い。最近、受けとり側ではなかった、というか、ただの行為の関係が成り立っていたから、久しぶりの感覚に体の芯が震えた、悪い意味で。
好意が分かるのは、帰り際だと思っている。二人きりではなくなる直前に、クマがわたしの頭に触れる。突き放せないわたしは、靴を履くフリをする。いつも相方がドアを開ける前は、もう一度抱きしめてくれないかな、とか思うのに。分かりやすすぎる自分の感情の差に、ため息をついた。あれ、というか、相方?
陽の光に照らされないように、影を探して歩く。みんなが、一番綺麗な時間帯。アイロンがかけられたシャツ、くるくるとした髪、綺麗に上を向いているまつ毛。全てが崩れ、誰よりも汚くなったわたしが歩くには、肩身が狭すぎる時間。クマに昨晩の話を聞いて、少しずつ、思い出す。本当は、全く思い出せなかったけれど、申し訳なくて、思い出したことにする。また呑みに行きましょうね、というと、エッチもしようね、と言われて、それ相方がいつも言うやつ、と笑って手を振った。相方とわたしを、ただの仲の良い友達だと思っていたらしいクマは、えっ、という顔をしていた。朝からずっとヘラヘラしていたのだから、これぐらいのお返しは、許してほしい。いつもの、綺麗すぎるホテルとは真逆の、モノが散らかった部屋に着いて、安心した。LINEを開いて、相方の名前を探す。
嫌いになるよ、もう。とだけ打って、メッセージを送る。つくづく、めんどくさくて、素直じゃない女。相方から返事が返ってきたのは、わたしがお風呂に入り、痛すぎる頭を抱えながらベッドに潜り込んだ後だった。
どうやら、わたしは初めて、二人以上でホテルに入ってしまったらしい。昨日、相方といつも行く居酒屋の店長と、相方と、三人でお酒を呑んだ。一軒、二軒、気が付けば四軒目。進められてテキーラを呑んだ。美味しい。2杯目に手をかける。その後のことを覚えていない。
相方と、クマと、わたし。同じベッドの上に横たわった。ねえ、とわたしが相方に声をかける。相方の優しい声に甘えたくなって、手を引いて、顔を近づけた。らしい。それから、は、聞かないことにした。
やっぱり、愛は、ない。相方のメッセージを見ながら、私の心はまた、空っぽになった。愛を求めているわけではなかった。必要な関係でもない。割り切っているからこその、安心感。違うものに触れた途端に、その安心感が特別なものだったことに気づいてしまった。
心、大丈夫?と相方。わたしのことを、よくわかっている、本当に。わたしが相方を選ぶ理由。それを、彼はきちんと、理解している。誰でもいい女、と言われながら、本当は、誰でもよくなんてないのだ。誰でもよくないから、傷を負う、のめりこむ、苦しくなる、消えたくなる。自分を大切にしなさい、とよく言われる。自分なりに、大切にしているつもり、だった。誰でもよくはなかったから。誰でもいいと言いつつも、お互いに選び、選ばれていたのだから。本当に誰でもいい人と、こんなことになるなんて。ね。もうここまできたら終わり、と言いたくなった、けれど、この言葉を受け止めてくれる人も、いない。
クマに、君との関係をばらしたよ、と言った。昨日ので、さすがにばれてるよ、と相方。覚えてないんだもん、わたし。服に染み付いたタバコの匂いは、相方のものとは違っていた。
一度触れた人肌が、一人になったわたしを弱くさせた。大人になったつもりだったわたしは、いつまでも子どものままだったことに気づかされる。そもそも、大人って、なんなの。お酒が呑めたら、大人?でも、自分の汚い部分を隠しきれないわたしは、きっとまだまだ子ども。子ども、ということで、許されたいのね、わたし。
ごめんね、と言いたい人がたくさんいる。こんな時に限って、今までの男たちの顔がちらつく。ごめんね、が正しさなのかも分からない。行為と好意の違いが分からなくて、追い駆けていた人もいた。追い駆けてくれた人は、みんな、突き放した。結局、寂しさを抱えていると言いながら、安定してしまうとつまらないのが、わたしなのだ。追い駆けるぐらいが、ちょうどいい。この盛大な矛盾が、わたしとわたしの周りの好意を殺している。ただ、相方だけは、違っているような気もする。必要な時にだけ、追い駆ける、お互いに、違うタイミングで、お互いを求めあう。求めあうときが重なれば、わたしたちの行為は好意へと変わってしまう。重ならないことが、わたしたちの関係を保ってくれている。まあ、これも、一種のきれいごとで、依存で、偽物、なんだけど。
誰にも言えないことが、どんどん増えていく。偽ることが、大人になるということなら、わたしはもうすぐ寿命が尽きる。墓場まで持っていく、と言えば、許されると思っている。便利な言葉に、わたしを隠す。誰かに話したい、一番のことが、誰にも言えないこと。悲しさを抱えるのはもう限界。ここにこうして吐いている汚さを、あなた方はどう捉えてくれているのだろう。わたしはわたしが怖くなる。昨日のことも、過去のことも、わたしではない、別の人の過去を見ているかのように話してしまう。逃げ、は、正しさではない、ということを分かっている。ううん、分かっていた。分かっていたのに、分からなくなった。分からなくなったことで、生きやすくなって、死にたくなった。人がわたしを殺し、生かす。本当に、この言葉通りに生きている。
なにもかも失った後のコーヒーは、とても美味しい。あの子は彼の精液の味を知っているのかな、というツイートを見た。好意がないのに知ってしまった味を、コーヒーで誤魔化しているわたし、と美化した言葉を頭に浮かべて、また頭痛。タバコ臭くなった衣服に、ホワイトムスクのスプレーをふりかける。上書きしてしまえば、もう、過去。匂いも味も、消えてしまえば、なかったこと。
あと何度、上書き保存を繰り返せばいいのだろう。過去の過ちも、好きな味も、タバコの香りも、この文章も。満足しないものの終わらせ方、いつまでたってもわたしは分からない。
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わたしと相方。
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