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プロダクトとコンセプトの独立性について
先日、友人宅でとあるヤギのチーズを食べた時のこと。
そのチーズは、口に入れた瞬間、森の木にはびこる地衣類を思わせる香りがした。土っぽく、湿度と乾燥の両方を包含した、カビくささのあるその香りをもつチーズの虜に、私はすぐになった。
ただ、冷静になってみると、地衣類のようなチーズがなぜ美味しいのか不思議に思った。さらに、多くのフランス人はこの味をどう評価するのかも気になった。
「多分、一般的なフランス人はこの味を嫌うだろうね。ヤギのチーズってだけでダメな人も多いんだ」
フランス人の友人は私にそう告げた。
つまり、この味を理解するには、一定の知性を必要とする、ということだろう。
この経験は私に、改めて「知的なものは、たとえそれがいいものであったとしても売れない」ということを再認識させた。あのチーズは間違いなく美味しかった。私が今まで口にしたどのチーズよりも、強烈な印象を残していった。私は香りに携わるものとして、そのチーズを理解する知性をたまたまだが持ち合わせていたが、それが必ずしも皆に備わっているものではないし、むしろその知性の持ち主は少数派であることがほとんどなのだ。
ところで。
「『いい』だけでモノは売れない」や、「見せ方が大事」といわれて久しい。売上という観点から見れば、「見せ方」が具体的に何を指すのかは一旦置いといて、「いいモノ」であるというだけでは、残念ながら不十分であることはもう“証明済”のようだ。
また、「見せ方」ばかりが上手で中身がないのもどうやら長続きしないらしい。SNS全盛の今、「見せ方」に全振りしているブランドも散見されるが、やはり飽きられるのは早い印象がある。
「いいブランド」には、「いいモノの提供」と「上手な見せ方」の両方が求められると私は思料する。もちろん、この時点で私は間違っているかもしれないが、いったんこの仮説に則って議論を進めていく。
それでは、「モノ」と「見せ方」の間には一貫性や統一感は必要だろうか?きっと多くの人が必要だと答えるだろうし、私自身もそうだと考えていた。
ただ、実はそういった一貫性や統一感といったものは必要がなく、むしろ場合によってはそれを求めることがいいブランドとなることへの“足枷”となりうるように感じ始めた。
フレグランスブランド「Le Labo」を例に取ってみよう。ニッチフレグランスマーケットの黎明期からあるブランドで、複数のヒット作を持つ。「いいモノ」を作っているといえるだろう。
店舗の設計はブランド名の通り古い実験室のような雰囲気だ。シンプルながらもおしゃれで、「見せ方」も申し分ない。
さて、それでは「Le Labo」のプロダクトはコンセプト(つまり「見せ方」)通りの、“実験室感”のあるものとなっているだろうか?私が知る限り、否、である。プロダクトとコンセプトの関連はむしろ他のブランドに比べて少ないようにすら思う。
プロダクトとコンセプトに統一感を持たせようとすると、ブランドローンチ当初はよくても、新作を作る際にクリエーションの幅がコンセプトによって限定されてしまい、どうしてもいいモノになりにくくなってしまう、また逆に、プロダクトの方にコンセプトを寄せると、先のチーズの話のように、本来わかりやすくある必要のあるコンセプトが知性を必要とする「いいモノ」によってわかりにくくなってしまう、というのが私の考えだ。
だからむしろ、プロダクトはプロダクト、コンセプトはコンセプト、と独立させてしまい、それぞれで「いいモノ」、「いい見せ方」を追求した方が、結果的にトータルで見て「いいブランド」になるのだろう。「Le Labo」を例に挙げたが、「Frederic Malle」や「Penhaligon's」もだいたい同じような構図になっているように思う。
そう考えると、作り手が変に「見せ方」まで首を突っ込まない方がいい、ということになる。çanomaにおいても、私は香り作りに専念し、他の誰かが「見せ方」を完全に仕切った方が、ブランドとしてはよくなるのだろう。
私はçanomaが“çanomaらしくある”ことにあまり固執するつもりはない。誰かがçanomaの「いい見せ方」を思いつき、それを実行してくれるのであれば、願ったり叶ったりだ。私は「いい香り」を作れるのであればそれで満足なのだから。
と、こんなことを書いてみたものの、いざ他人から考えてもみなかった「見せ方」を提案されたら、やはり拒否してしまうのだろうか…?なんだかあり得そうな話だ。
いい提案であれば、すんなり受け入れられる柔軟さが、きっとこれからは重要になるのだろう。それは今の私にはないものであるように思う。
いずれにしても、「いいブランド」にしたい、という気持ちは変わらない。色々迷いながらも、これからも引き続き、ゆっくり前に進んでいくのです。
明日から10月。サロンドパルファンの季節がはじまる。
新作、楽しみにしていてね。
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