🍥大葉と燻製桜エビのパスタ🍥
「明日買えばいっか」
見送ったはいいものの、翌日の八百屋に紫蘇の実はなかった。
などといった伝統的な格言が浮かんでは私を責め、悔しさのあまり、その晩はピロウをしとどに濡らして寝たことは秘密だ。
──数日後。
突如としてクール便が届き、箱を開くとアラびっくり紫蘇の実の塩漬けが入っているじゃないか。
──これはもしや、サンタか....??
いや、チャック・ノリスは存在するが、サンタなんて存在しない。よしんばサンタが存在しても、横浜に生息する草臥れた中年男性のところへわざわざ出向いてはこないだろう。
紫蘇の実はフィンランドはなく愛知県からで、宛名はインスタグラムの縁で知り合った女性のものだった。彼女が育て、収穫した野菜や地のものをいただいては燻製をお返しする、そういった楽しい間柄だ。私にハラペーニョの魅力を伝えてくれた恩人でもある。
──でも、どうして紫蘇の実のことを....
このタイミングでそれを送ってくるなんて、あまりにおあつらえ向きじゃないか。
──もしや、宇宙人に誘拐されたあの夜に──頭にナノチップを埋め込まれて私の思考が詳らかにされているんじゃイヤァァッッッ!!!
そんな「月刊ムー」もびっくりなトンデモ陰謀論に着想するほど私の頭はイッちゃってないし、可能ならば宇宙船に吸い込まれた際に宇宙人に向かって「オッス!オラ燻製家!地球育ちのサイヤ人!」などと握手のひとつでも交わしたいものだ。
それはさておこう。
おそらくは、我は大葉偏愛型人間だ大葉の化身だ、などとのたまうほどの大葉脳となった私のなかで渦巻く紫蘇情念が大地を駆け抜け愛知の大葉に伝播し、そしてそれが収穫を迎えた彼女の深層心理に働きかけたのかもしれなかった。
ともあれ、一度は諦めた紫蘇の実は、塩漬けとなって私の手元にある。
よろこびに打ち震えながら、私は紫蘇の実が犇く小瓶に耳をあて、そして語りかけた。
──私は、いまから君たちを食べようと思うのだが、おにぎり、パスタ、どっちがいいかね?
おにぎり、ってなあに?
──ごはんのなかに君たちをぎうぎう閉じこめて、そしてかぶりつくのだよ。
おにぎりこわい。パスタってなあに?
──アーリオでオーリオがいい匂いで、きみたちをマンテカトゥーラしたあとボナペティってとってもマンマミーアな食べものだよ。
楽しそう。パスタがいいそれがいい。
早速、パスタを作っていこう。
まず、大葉を100枚ほど準備する。そのうち30枚を千切りにし、30枚をみじん切りにする。残りの40枚は「いざという時」のために取っておく。常に「いざという時」を想定しておくのが世帯主としての心構えなのだが、何が「いざという時」なのかは寝ざめの夢のように儚く掴みどころがなかった。
続いて、EXVオリーブオイルに鷹の爪、潰したにんにく、乾燥桜エビを投入し、弱火にかけじっくりと煮出していく。
桜エビは燻製したものを使用した。使った木材はブナでもナラでもなく、もちろん──桜だ。桜で芳醇に燻して差しあげることが、桜エビに対する最低限の礼節と言えるだろう。
ちなみに、乾燥桜エビをはじめとした乾きもの───ナッツ、岩塩、粒胡椒、唐辛子、山椒、ゴマetc...は燻製の出来を左右する結露対策に煩わされることがないため、簡単に作れて保存もきくためオススメだ。
オイルに香りが移ったら、かつおの酒盗を加える。アンチョビも良いが、酒盗とオイルパスタの相性は異常だ。どれほどの異常さかというと、保育園児の娘が突如としてラテン語で罵詈雑言を吐きながら暴れまわり、挙げ句の果てには家具などを宙に浮かせて聖水すらも効かなくなるほどの異常さだ。
さて、酒盗の香りが立ってきたらねりわさびを加え、全体をよく混ぜ合わせる。鷹の爪で舌をくすぐり、わさびで鼻を喜ばせるのが大蒜油麺探訪家の作法だ。
やや火を強め、みじん切りの大葉、紫蘇の実を加え、香りが立ったらパスタの茹で汁を投入してフライパンをゆすり馴染ませる。
やや硬めのパスタを投入し、オリーブオイル回しかけ、さっと絡める。
蛇足だが、EXVオリーブオイルはクセのないまろやかなものから、バッチバチに香るものまで多岐に渡る。使うモノによって仕上がりが大分変わってくるので、色々と試してみるのも楽しみのひとつだ。
本当に美味しいモノに出逢うと、白米にオイルと塩少々だけで感動し、妻にウッホウッホとオリーブオイルへの愛と感動をハラスメントして呆れられたりすることが可能だ。
皿に盛り付け、ブラックペッパーを挽いて桜エビを散らす。そして、追い紫蘇の実、アフロ大葉をドカンとのせて完成だ。
フォークを刺して麺を巻いていくと、麺に負けじと大葉も纏わりついてくる。巨大化し続けるフォークは、もはや私の手に負えない。もうお手上げと──匙を投げたくなったが、投げかけた匙をぎゅっと握って大葉を引き剥がし、何とか適量に整えて口へ運ぶ。
──はんばりへって
──をゑんゑん
その味わいに、喉から言語外の声が溢れ出した。おれもおれもと「を」や「ゑ」が大挙して喉元を這い上がってきたので、私は慌ててビールでそれらを流し込んだ。
パクチーを山ほど料理やサラダに乗せる人を見ては「おいおい正気か?バカにパクチーを与えると目も当てられねえなオイ」などと内心毒づいていたことを今、心から謝りたい。
──好きなものは、好きなだけ盛れ!
──譲れないものには妥協するな!
脇目もふらずに好きなだけ食え!!
ハァハァ
さて、パスタも半ばを過ぎて皿底が近づいてきた。
充分に大葉を堪能したつもりが、欲深い私は飽くことを知らない。
腹はいまだガルルと獰猛で「なにか寄越せ」と凄んでみせる。
これは──もしかすると「いざという時」なのではないだろうか───。
私はそそくさと台所へ走り、10枚ほどの大葉をいささか乱雑に刻み、紫蘇の実とともに食べかけのパスタに乗せた。
食べかけで──オイルでぬらりとした麺に乱雑に散った大葉とその実がやけに妖艶に見える。
それは───「あとのせ」した大葉だけに、
とっても、追いシソうなのだった。