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🍥燻製アマンドショコラ🍥


──未明。

河川敷で入念にストレッチをしている。
日課のウォーキングのためだ。
北風が顔を撫で、ネックウォーマーで口元を塞ぐ。
腕に着けたLEDライトが点滅し、そのたびにくらがりが浮き彫りとなった。

右アキレス腱を伸ばし、身体を反転させて左を伸ばそうと半身になったところで、ぞくり、と違和を覚えた。

違和それを目で追う。
その正体に全身が泡立ち、膝が笑った。


老人の顔が闇に浮いて──揺れていた。


こちらに向いてはいるが、少しずつ遠ざかっている。

ひ、と声がもれたが、目を逸らすことが出来ない。

その表情は苦悶のそれだったが──どこか笑顔じみていて、なおさら怖気がする。

──いや──こんな....目に見えた怪異など、あるはずがないだろう──

自らに言い聞かせ、深く息を呑みこみ、私はその顔に向かって歩き出した。

遠ざかっているとはいえ、その速度はきわめて遅い。私は怖気に肌を粟立たせながら、ほんのわずかの好奇心にすがって、徐々にその顔へ近づいていく。

あと、10mほど──。息を潜め、足音を殺す。


──あ...あれ...?


──その時、私は気がついた。


浮かぶ老人の顔の下に──薄ぼんやりと、からだがあることを──。

首から下げた懐中電灯にかけた紐の塩梅が悪いのか、上向きのまま胸で固定され、腰の曲がった老人の顔を斜めに照らして薄気味の悪い陰影を作っていたのだ。あまつさえ、そのライトの光量が弱々しく、老人の着る黒系のジャージと後ろ手に組んだ体勢フォームも相まって、顔だけが夜に露出していたのだった。
そして、後ろ歩き──こちらに向いた顔が遠ざかっていた理由だ。おそらくは健康を目的としたものだろう。苦悶の表情も、単に「しんどかった」だけにちがいない。

私は、安堵と拍子抜けでへなへなとした足取りになりながらも──やがて老人に追いつき、追い抜きしなにこう言った。


──おはようございます

──と。



心霊体験にふられ、とぼとぼと家路を辿っていると、

汝、アマンドショコラを作りたまえ

と、頭のなかに天啓こえが響いた。


──アマンドショコラか

──うまそうだな....作ってみるか


よし、せっかくだからアマンド──アーモンドにチョコレートを纏わせる前に、煙を纏わせておくか。

──ん?

──なぜ、煙を纏わせるか──だって?

なぜなら──私は、燻製家だ。

燻製をせずにはいられない。

焼いた餅に甘い醤油を絡め、そして海苔を巻いたものを──磯部焼きと呼ばずにはいられないようにだ。

チョコレート200グラム

さっそく、チョコレートをかさぬように冷燻にかけていく。燻材はミズナラのチップに泥炭ピートを少々加え、以前のガトーショコラでの反省を踏まえて火力を抑え慎重に行う。

そして、核となるアーモンドは香りの強いヤマザクラのチップを都度足しながら、50〜55℃で2時間ほどの温燻にかけた。

アーモンドは130グラムほど

アマンドショコラを作るにあたって、いくつか作りかたを検索し参考にしたが、分量に差はありつつも流れに大きな差異はなかった。

①    アーモンドをローストする
②    アーモンドをキャラメリゼする
③    ②をチョコレートでコーティングする
④    ココアパウダー、粉糖をふるう

以上が大まかな工程だが、もともと素焼きのアーモンドを燻製にしたので、①は飛ばして、②のキャラメリゼから始めていこう。

グラニュー糖 60グラム
 水            20ml

グラニュー糖に水を加えて鍋を揺すりながら火にかけ、シロップ状になって115〜120℃程度に沸騰したら火を止めアーモンドを投入する。
しばらく混ぜると、砂糖が再結晶化しアーモンドを白く覆った状態になる。これを「糖衣掛け」またはパティシエ界の隠語で「シャリ掛け」と言う。裏社会の隠語で覚醒剤中毒のことを隠語で「シャブ漬け」と言うが、こっちの粉は甘く、あっち・・・の粉は甘くない。手は出さないほうがいいだろう。
シャリ掛けの状態から再び火を入れると、砂糖が融けて駱駝キャラメル色になる。これを「キャラメリゼ」といって、アマンドショコラではこの状態にすることが多いが、食感の好みと面倒を避けるためシャリ掛けの状態で余分な砂糖を落としておく。


次に、チョコレートを刻み、湯煎にかけて融かす。チョコレートの温度が40℃程度で湯から外す。温めすぎは後が厄介なので気をつけたいところだ。

融かしたチョコレートを数回に分けて注ぎ、その都度よく混ぜる。ねっちょりと混沌カオスの状態から徐々に温度が下がり、チョコレートが固まってアーモンドの粒がパラパラと分かれる。これを4〜5回繰り返し、少しずつチョコレートを纏わせていく。
ごてっとした状態から粒へとメタモルフォーゼしていく様は愛のようであった──などと喩えて整えようとしたが、どう考えても愛ではなさそうなので先に進むのが賢明だろう。

ひと通りチョコレートを纏わせたら、ココアパウダーや粉糖をふるい入れて混ぜ合わせる。
ここで使うココアパウダーや粉糖は製菓用の溶けないものだが、パティシエ業界の隠語で溶けないことを「泣かない」と言うそうだ。
ひるがえって、さめざめと泣く女性に、

   ──あんまり泣いてると...
       ──溶けちまうぜ...

などといった使いかたも可能だが、キザを軽く通り越して「気色悪さ」の領域にまで達しているので使用の際には気をつけたいところだ。

それはさておき、余分な粉を落とし保存瓶や缶に入れたら、ユウスキン特製燻製アマンドショコラの完成だ。

なかなかに良い仕上がりとなったので、フレディ・マーキュリーと撮影会をひと通り楽しんだ。

そして、フレディから受け取ったそれを、口へ放って、かじる。

──おお──これはいい....

ココアのほろ苦さ、チョコレートの風味、アーモンドの小気味よい食感とシャリ掛けの妙。そして、燻香スモーキー
それさすべてが舌のうえで賑わい、やがてその余韻が夕昏れのように棚引たなびいて、そして消えていく。
もはやこれは脱法、いては──しょっかれるほどの味わいで手が止まらない。
ダメだ──これ以上はやめておこう、などと缶を閉じて一旦退くが、「気が済むまで食べちまえよ」と、私のなかの悪魔が袖をき、ひと粒──またひと粒、と後をく。一線をこうと棚に仕舞うが、悪魔が手きしているかのように私の目をき、それにき摺られるように手を伸ばしてしまう忍耐力のひくさに我ながらにドンきしてしまうほど、アマンドショコラにかれていくのだった。

幻の心霊体験で震え上がった朝から、アマンドショコラで「ひく」に包まれる午後の未来なんて、いったい誰が想像しただろうか。


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