🍥燻製レモン🍥
ここで、燻製レモンパウダーを入れるんだ
YouTubeで、ペペロンチーノの解説をするイタリア人のシェフの口から飛び出した調味料である。
「燻製レモンパウダーだと──ッッ」
私は燻製家だ。燻せる食材のほとんどを網羅しているつもりだったが、レモンを煙に巻くなんて──聞いたこともない。柑橘と煙が喧嘩せずに共存するなんて、はたしてあり得るのだろうか──。
柑橘の燻製に懐疑を抱きつつも、灯りに群がる夏虫のように、それは寝ても覚めても頭から離れることはなかった。
頭のなかを、ブンブンと飛びまわるレモンは──燻製家として、やはり煙で祓うしかないのだろう。馬鹿と煙は高いところが好きだと言うが、道理で馬鹿で煙属性の私は高いところが好きなわけだ。レモン燻製の狼煙を、どこまでも高く上げていこう。
手始めに「燻製レモンパウダー」とGoogle先生で調べるが、挑戦者はおろか、ヒントすらない。やはりここは、経験値と妄想で辿り着くしかなさそうだ。
以上が、考えられる檸檬燻製戦略だ。
①は、ハラペーニョを燻製にして乾燥させるチポトレのような方法が考えられるが、スライスしたレモンの水分と煙で木酢液が発生し、有害のポイズンちゃんになってしまう可能性もある。
②は、フードドライヤーまたは、天日干しでレモンスライスの水分を完全に飛ばしてからの燻製なので、木酢液も出ずに煙乗りの良さも期待できる。
③も、②と同じく燻製に向くが、細かいパウダー状の燻製は水分を含みやすく扱いがセンシティブなので難易度は高めと言えるだろう。
④に至っては、人としての分別の問題だ。嫌がるレモンを追いかけ回すのはやめておこう。
ここは②の、乾燥させたレモンを燻煙にかけ、パウダーにするのが妥当だろう。早速、レモンを薄めにスライスし、フードドライヤーにかける。
なんというか、もう、カサカサである。プリングルスの空き容器に入れて振ると、マラカスさながらの──いかにもラテン音楽によく合いそうな小気味の良い音が鳴った。私のなかのラテン成分が静かに騒めいたが、大和魂に呑み込まれ、やがて静かになった。
などと、ムスカ大佐を小声で演じつつ、燻製器にレモンを放り込む。
燻製食材界の乾きもの王国プリンスであるミックスナッツとともに、ミズナラにクルミ、サクラ、ピートを少々加えた燻材を30分ごとに追加し、50℃で計1:30ほどのスモークだ。
白黄色だった果肉は、深い琥珀色へと変貌を遂げた。蛇足だが、柑橘類の果肉を包む皮のことを瓤嚢という。非常にややこしい漢字で常用性は皆無と言えるが、私は書けるように訓練中だ。やがて思春期を迎え、父を厭うようになった娘に、「父ちゃんはこんな漢字も書けるんやで」などと言って、颯爽と瓤嚢の筆を走らせるのだ。果たしてその後、一身に受けるのは娘からの尊敬か、はたまた嫌悪なのかは──知る由もない。
その美しさもさることながら、何とも玄妙な香りが漂っている。燻製庫内の湿度で若干水分を含んだので、再び乾燥にかけたのだが、稼働中のフードドライヤーが鎮座するその部屋の香りが、麝香にも似た──思わず「芦屋の淑女、その残り香」と題名をつけたくなるハイソちゃんに包まれていた。当たり前だが、芦屋のマダムの匂いなど嗅いだこともないし、これからも嗅ぐことはないだろう。マダみたくてもマダめないこともあるのだ。身体がまだマダムうちに思う存分マダんではおきたいが、私のなかのマダムが──そうはマダさないのだ。
ミルミキサーにかけると、黄金に少し鈍を含ませたような、美しい粉末となった。
冒頭のイタリアンシェフが使用したものと同じなのかは杳として知れないが、とにかく燻製レモンパウダーは無事に完成したと言えるだろう。
少し指でつまんで味見する。
これは、なんというか、レモンを燻製にした──味がする。
当たり前だ。私はレモンを燻製にしたのだ。当たり前ではあるが、某泉進次郎氏のような表現、この構文は──なかなかに面白い。
当たり前のことを、もっともらしく表現するのが堪らなく楽しい。
うーん....これは、いささか詩情が感じられるのでイマイチだ。もっとユルいやつがいい。
これだよこれ....こういう構文が進次郎然としていて楽しい。
それはさておき、何の話をしていたのか完全に見失ってしまった。
それは、なんというか、何の話をしていたのか、完全に──見失ってしまった、ということだ。
〜後編へつづく〜
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