🍥燻製黒ゴマバスチー🍥
白地に、好きな色を塗り描いていくばかりではなく、時として黒い画布が現れて何を塗って何を描いても──闇に吸い込まれては途方に暮れる。
そういった、時おり人生を覆う闇を振りはらうため、家にある黒い食材──黒ごまを燻製にして闇祓いの儀を執り行うことにした。
──なぜ、黒いものを燻製することによって、闇が晴れるかだって──?
静かにッ!!
やつらは──音に反応して....襲ってくるんだ....。
さて、三文芝居にうんざりとしたところで、茶番だけに休憩の時間だ。さっそく、黒ゴマを燻製にして菓子でも作っていこう。
燻製家が燻製の出来をはかる要素のひとつとして「色づき」が挙げられる。しかし、食材が黒ゴマでは色づきもへったくれもビルマーレーもない。仕方がないので、白ゴマと同じ要領で燻製にしたのだが、何とも尻の据わりが悪い。ただいま、とドアを開けたら知らない女と子供が「おかえり」と言って、自分の知らなかった時間がふたたび進みはじめる、そういった胡乱な不気味さすら覚える。
燻製した黒ゴマを見つめていると、そのひと粒ひと粒が──意思を持って蠢き始めた気がして、私はその場にへたり込んで、ざわざわとした──黒ゴマをただただ見つめた。
嘘をついてしまった。
たかだか黒ゴマを燻すくらいで精神に綻びを来すほど私はヤワではないし、黒ゴマの粒々に意思を感じるほど私の頭はイッちゃってない。
それはさて置き、燻製した黒ゴマをフードプロセッサーにかけてペーストにしていく。
我が家の機械が悪いのか、黒ゴマの肝が据わっているのかは判らないが、なかなか滑らかなペーストにならないので、太白ごま油をすこし加えて攪拌した。
──なぜ太白ごま油かって?
ゴマに降りかかった困難に差し伸べる手は、オリーブオイルでも、菜種油でもなく──やはり、ごま油であるべきだろう。
いくら真心を込めて注いでも、軽油をガソリン車に入れたら、やがて動かなくなるのと──同じことだ。
さて、執拗に攪拌したおかげで、もう、なんというか、ドス黒いペーストが出来上がった。思わず筆にぼてっと塗りつけて大きな和紙に、
謹賀新年
などと書き初めたい気持ちになるが、まだ九月だという恐るべき事実に──私は打ち震えた。
おりしもその頃、もう一人の私はクリームチーズを溶かさぬように冷燻にかけた。
冷燻の氷の準備や、器具の洗浄、後片付けを考えると億劫さがメキメキと芽生えて──何もかも放り投げたくなるが、
という、先人の教えに則り、私は歯を食いしばって粛々と食材を燻製にしていく。
──先人とは、いったい誰のことか──だって?
黙れッ!!
やつらは──音に反応して....襲ってくると言ったばかりだろう──
燻製クリームチーズ、砂糖、卵を混ぜ合わせる。
黒ゴマペースト、生クリームを加え混ぜ合わせる。
薄力粉をふるい入れて加えてよく混ぜ合わせる。
なんやこの菓子混ぜ合わせてばっかりやんけ、といった思わず出た声すら、よく混ぜ合わせる。
思いの外、灰色な色調となったクリームを、
──白にも黒にも染まらない
などと呟き、頬を赤らめながら、丁寧に、濾していく。
クッキングシートを敷いた型に濾したクリームを注ぎ、220℃に予熱したオーブンで25〜30分間焼く。
途中でオーブンを覗くと、焼き色を超えた色づきにギョッとするが、この焦げが甘いケーキのビターな一味になる。しっかり焦げ焦げ色になるまでキャラメリゼしていこう。頭はクールに焦目はホットにだ。
焼き上がったケーキを揺すると、ふるふると震えて中身のトロトロさ具合を感じる。「おうい見てくれ」などと妻を呼び、「ほれほれ」などと言いながらケーキを揺すって驚異のふるふるさを見せつける。妻はひどく冷たい眼で私を一瞥し去っていったが、私は無言でしばらくケーキを揺すり続けた。
ひとしきりふるふるを堪能したら、粗熱を取って型のまま冷蔵庫でしっかりと冷やす。
ケーキに刃を入れて断面が現れると、それを見ていた娘が、
「あ、石だ!」
と言った。
げに恐るべきは子供の発想力、そして、歯に衣着せぬ物言いである。純朴な子供だから可愛らしい意見だと思えるが、たとえば私が、招待先で同じケーキを出され、断面を見るなり、
などと述べようものなら、一昨日来やがれ、などと、尻の割れ目がひとつに出逢い結ばれるまで蹴飛ばされる可能性すらあった。
娘がかけた「石の呪い」ではあったが、幸いにしてフォークの感触も朧げなほど柔らかく、口のなかでとろりと溶けていく。チーズの濃厚な味わいと──黒ゴマの強い風味の親和性が素晴らしい。余韻のスモーキーさ──その心地も悪くない。
なかなかのゴマバスチーの出来に気を良くし、アハハウフフと笑顔の絶えない十五時だったが、突如として妻が私の顔を指差し、
「歯!!」
と言い放った。
ペーストにした黒ゴマの破片が、怨念のごとく私の歯にへばりついてお歯黒状態と化していたのである。
私は、咄嗟に口を閉じて手で塞いだ。
この状態を、セサミ汚れだけに、ごまかす、という。
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