見出し画像

一日一画の舞台裏

出勤時にnoteアプリをひらいたら、お題企画「#わたしの舞台裏」が目にとまった。いろんなクリエイターさんたちのいろんな発想、いろんな苦労話が聴ける(と、勝手に想像)のは、とてもおもしろそうだ。

わたしの場合、”舞台”と呼べるほどの華やかさはないけれど、いちおう何年も続けている『一日一画』なら”創作の裏側”に相当するものがあるかもしれない。そんなことを通勤電車のなかで考えた。

◆◇◆

『一日一画』については、過去に何度かふれた。ほとんど日記がわりなので、noteの投稿でもなにかしら引用することが多い。

17年ちかくも毎日描き続けていると、ある程度パターンが決まってくる。絵を描くことは、いまや完全にわたしの生活の一部。食事や入浴と同列で、日常生活に絵を描くことがならんでいる。時間帯はだいたい夜間。仕事を終えて帰宅したあと、諸々の家事や用事を終えてからだと、どうしてもそうなってしまう。

はじめた頃は、生活を圧迫しないように制作時間を1時間に制限していた。いまでは手際がよくなって、だいたい半分の30分そこそこで仕上げることが多い。画材によってはものの数分ということもある。

時間だけでなく、画題のセッティングもルーティン化された。一日一画では、かならず実物を目の前に置いて、それを見て描くことにしている。空想でもなく抽象でもなく、あくまで実直に対象を描写。いわゆるデッサンだったりクロッキーだったりと呼ばれるスタイルだ。

上に書いたとおり、だいたいは夜間に描いている。それも、家族が寝静まった深夜。描く場所はリビング。子供部屋が隣接していることもあって、部屋は消灯ずみだ。キッチンだけあかりをつけておくのが習慣になった。

そのキッチンの照明が、ちょうどいい具合に横からのライティングになる。バロック美術の巨匠レンブラントのような、あの光だ。下の写真は、今年の7月に描いたフランスパンと、そのライティングの様子。暗すぎてわかりにくいかもしれないけど、影を見てもらえれば横からの光があたっているのがわかると思う。

画像1

最初の年、まだ画題のセッティング方法が定まっていなかった頃に、照明の試行錯誤をしていた。そんななか、ひとつのトマトを異なる照明下で描く実験をした。

リンクのサムネールには1枚しか出てこないけれど、実際にはもう1枚、横からのスポット照明で描いたものを載せている。ちょっと長いけど、そのときの説明を引用しておく。通し番号393が通常の室内照明。394が横からのスポット照明。なお、強調部分はブログのほうにはなく、いまつけたもの。リンク先に飛ばなくてもいいように、大きさと明度を調整して横に並べた画像も載せておく。

昨日「触覚で描く」なんて書きましたけど、自分でそこんところが気になっていまして、今日は触覚を意識してみました。といいますのは、別に実際に触りながら確認したとかではなくて、対象の材質やそのものの存在感を表現することを目的に描く、つまり明暗による空間表現よりも物の形状の表現に留意して描くということです。例えば解剖学や生物の分類学での記載に用いられる点描、北方ルネサンスの銅版画などは触覚的な描画の最たるものかもしれません。前置きが長くなりましたが、これはとりあえず冷蔵庫にあったトマトを題材に「触覚」を意識して描いてみたものです。比較のためにライティングをセットしてもう一枚、明暗による空間表現に主眼を置いて描いてみました。[0393]

ちょっと角度は変わってしまいましたが、同じトマトです。強い横からの照明を当ててみました。空間が画面内に意識されるので触覚というよりは目に映る視覚に特化した感じでしょうか。同じものでも意識の仕方、見方で表現するものが変わってくる・・・という点では、絵から描き手の意識を感じることができるとも言えそうです。ちょっと飛躍しますが、西洋絵画の歴史ではルネサンスとバロックとで事物に対する視点、ひいては世界観が大きく違うことを知る手かがりとも言えるでしょうか。もっと巨視的に見ると日本画と西洋画の間にはまさにこの違いがあるようにも思います。実際はこの両方の視点をブレンドして知覚しているわけですが、こうして意識の重心を変えながら見てみるとよりトマトというものの神髄に迫ることが出来たような気がしてしまいます。[0394]

画像2

「神髄に迫る」はちょっと大袈裟な言い方かもしれない。モノ自体とそのモノの置かれた空間それぞれに意識をむけて観察し、表現する。それだけで、より深くそのモノに迫れるような気がしてくる。

この時の説明ではルネサンスとバロックや東洋と西洋の世界観にまで言及しているけど、このことは当時のわたしにとって大きな気づきだった。この照明で観察しながら描くたびに、偉大な先人たちの視点に迫れるような気がする。楽しくてたまらなかった。

その後、基本的に暗い部屋で横からの照明だけで描くことがふえた。2010年の画集でも2016年の個展でも、わたしの作品の主流はこのスタイルになった。下の写真は2016年の個展のDM。来訪者のなかには「古典絵画の視点だ」と評してくれたかたが何名かいた。とても嬉しかった。

画像3

”創作の裏側”としては、制作過程もあげられるだろう。ちょうど前回、画集の特典にしていた制作過程をここで公開した。

おなじように、たまにソーシャルメディアで制作過程を公開することがある。これはtwitterの英語アカウントでひっそりと載せたもの。一日一画とは別に描いた非公開作品。アコヤガイと養殖真珠を三つずつならべてオイルパステルで描いた。

そうそう、note企画のお題は”舞台裏”だった。いつもどおり脱線しかかってきたので軌道修正しなくては。

わたしの毎日のスケッチの大半は、ダイニングテーブルに置いた日常的ななにかを題材にして描いたものだ。先の、フランスパンが置かれていた木製の円卓。これがそのダイニングテーブルだ。描かれたモチーフを主人公にするならば、”舞台”に相当するのは、このテーブルということになるかもしれない。

我が家のダイニングテーブルは、わたしが駐在していたケニアを引きあげて名古屋に住み始めたときに買ったものだ。新生活にそなえてダイニングチェアなどといっしょに選んだ円卓。名古屋の下町、大須にあるアンティーク調の家具を得意とする家具屋さんの製品だ。

材木はクリ。20年近くになるので、塗装が剥げて良い具合に味がでてきた。このnoteの見出し画像がそのクリ材ダイニングテーブルの表面。クリ材独特のトラ縞のような模様が見えるけど、繊維の方向は横方向にそろっているのがわかる。

この繊維の向きがそろった材木は、まさと呼ばれる。木材の中心を通った部分から取られるので、比較的強度があり変形しにくい。いっぽう、中心を通らないものはいたといって、波打つような模様がみられる。板目はその美しさから日本家屋の壁や天井にしばしば用いられている。フローリングにも多い。

わたしが柾目と板目のことを知ったのは、意外なところだった。

わたしがタイに半年ちかくいた2013年のこと。いま所属している宝石鑑別機関に転職して、研修をバンコクで受けていた。トレーニングを担当してくれたのは、大ベテランの米国人ジェモロジスト(宝石鑑別師)。彼はいまは引退して、バンコク郊外で悠々自適の生活をしている。

どの写真だったのかすっかり忘れてしまったけれど、なにかの機会でダイニングテーブルの写真をそのメンターに見せることがあった。その際、「Quarter-sawnが好きなのか?」と訊かれた。わたしはそのQuarter-sawnを知らなかった。

聞けば、高品質な材木の代名詞なのだという。木目を見ればわかるそうだ。そして彼はこのquarter-sawnにこだわって家具を集めていることを語ってくれた。

下のリンクは米国のウィーバー・ファニチャー社のウェブサイトより、Quarter-sawnの説明ページ。サムネイルのイラストでも、その違いが一目瞭然なので選んだ。

比較されているPlain-sawnは単純に平行にスライスしていく方法のようだ。これだと中心部分を通る材は柾目になるけれど、中心から離れるにつれて板目になる。Quarter-sawnのほうは、丸太をキュウリの拍子木切りのように4分の1にしてからスライスしている。そのため中心に近い部分が多くなり、中心から離れていても木の繊維が柾目になる。

たしかにQuarter-sawingの方が手間がかかりそうだし、そのぶん高額になりそうだ。それに柾目の木材がおおく取れるので、強度もあって高級な材木になるのだろう。なるほどQuarter-sawnは材木の世界ではハイグレードの象徴らしい。少なくとも欧米諸国では。

先にあげたウィーバー社のページの冒頭には、奇しくもダイヤモンドの格付けが引き合いに出されている。引用すると・・・

People who love high-performance cars know a lot about horsepower and torque. Diamond collectors understand the value of the “4Cs”: cut, clarity, color and carat. And if you’re in the market for fine furniture, you’ll find it helpful to know the advantages of quarter-sawn wood. That’s what Quarter-Sawn Lumber: More Stability, More Beauty is all about.
自動車の愛好家は、馬力やトルクについてよく知っている。ダイヤモンドのコレクターは、4Cすなわちカット、クラリティ、カラー、カラットについて詳しい。もしあなたが家具に関わるマーケットにいるのなら、Quarter-sawn木材のメリットについて知ることの有効性を知ることだろう。Quarter-sawn材はより安定していて、より美しい(拙訳)。

いまの仕事柄、ダイヤモンドの4Cには馴染みがあって、わたしにはわかりやすい例えだ。その価値の意味を知らずに、わたしは高級なQuarter-sawnのダイニングテーブルを選んでいたのか。

別の機会に、神奈川県にある家具屋さんでquarter-sawnについてたずねたことがある。日本の規格ではないとしながらも、先に書いた”柾目”と”板目”について教えてもらえた。いままでそんな視点で木目を観察したことはなかったけれど、それ以降はインテリアショップで木目に注意するようになった。

柾目あるいはQuarter-sawnとも知らずに選んだダイニングテーブル。いまは家族4人の食卓になっているだけでなく、わたしの一日一画の”舞台”として活躍中だ。じつはnoteを書くのにも、このダイニングテーブルのうえにノートパソコンを置いて書いている。

子供たちが成長すると、食卓としてはそのうち手狭になるかもしれない。それでも、このダイニングテーブルには、わたしの創作の舞台裏として活躍し続けてほしいと思っている。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集