桂田祐介
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San Diego Serenade by Rebekka Bakken
先日まで米国に行っていた。滞在したのはカリフォルニア州南部のカールスバッド。週末にはバスと電車に乗って国境の街サンディエゴまで足を伸ばした。日没と同時に街を離れ、バーガンディーに染まる太平洋を眺めながらの列車内、あれこれ思いを馳せた。 サンディエゴと言えば、わたしの敬愛するトム・ウェイツの名曲 San Diego Serenade を思い出す。シンプルなフレーズが繰り返され、聴き手のさまざまな記憶を呼び起こし、心を揺り動かす。わたしはこの曲に、先日訃報が報じられた谷川俊太郎さんの詩に共通する感覚を持っている。 I never saw the morning ’til I stayed up all night 夜通し起きるまで、朝を見たことはなかった I never saw the sunshine ’til you turned out the light 君が灯りを消すまで、陽の光を見たことはなかった I never saw my hometown until I stayed away too long 遠く離れるまで、故郷というものを知らなかった I never heard the melody until I needed the song 歌が必要になるまで、旋律を聴いたことはなかった と、この調子である(和訳は拙訳)。 今日の動画でこの曲を歌っているのはノルウェー出身のジャズシンガー、レベッカ・バッケン。徐々に音の深みを増すビッグバンドの演奏も美しい。 米国人のものとはまた違った発音と歌声が情緒的な雰囲気を醸し、この歌に込められた郷愁やら喪失感やらをひきたてている。サンディエゴの小夜曲(セレナーデ)に対して、北欧のシンガーは異邦人。サンディエゴの鉄道で夕陽を眺めていたわたしも異邦人。 I never saw the east coast until I moved to the west 西に越して来るまで、東海岸を見たことはなかった I never saw the moonlight until it shone off of your breast 月明かりが君の胸を照しかえすまで、月光を見たことはなかった I never saw your heart until someone tried to steal it, tried to steal it away 誰かが盗みにかかるまで、盗み去ろうとするまで、君の心に気づけなかった I never saw your tears until they rolled down your face 涙が君の頬を伝うまで、君が泣いていたことに気づけなかった トム曰く、歌は個人的なものではなく誰にでも汎用的なものでなければならない。ゆえに聴く者それぞれの心に響くのだろう。似たようなことをどこかで谷川俊太郎さんも話されていたのを聞いたことがある。 シンプルな表現が人それぞれの思い出と交差し共鳴する。これは音楽も絵画も写真も短歌も、場合によっては映画や小説でも起こりえるんだろうなァなんて、ありふれた車窓からの日没を眺めつつ考えた。こういう作品を作りたいものだ。
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Innocent When You Dream by Tom Waits
先週、これまでの「21日の音楽」を総括したなかで、わたしの敬愛するトム・ウェイツの曲が(カヴァーを含めて)多いことを書いた。その直後ではあるけれど、やっぱりトムの曲を紹介したくなった。今回はほかのミュージシャンによるカヴァーではなくトム本人によるオリジナル・ヴァージョン。 しかしこの映像は、映画『Smoke』のエンディング。わたしが5月に書いたポール・オースター追悼記事にも貼り付けていたものだ。ビデオのタイトルになっているAuggie Wren's Christmas Storyは映画の元になったオースター作品。ビデオ中のタイプライターもこのタイトルを打っている。オースターお得意の自作をリンクさせる手法だ。 このモノクローム画面のエンディングは回想場面。最後にハーヴェイ・カイテル演じる主人公オーギー・レンのカメラの秘密の明かされている。 It's such a sad old feeling The fields are soft and green It's memories that I'm stealing but you're innocent when you dream トムの声は「かつての悲しい気持ち、柔らかく緑の大地、そんな思い出を盗み出す自分……しかし、夢見る時はいつも無邪気だ(拙訳)」と繰り返す。この曲はこの映画のためにあるような曲である。 夢見る時は無邪気(Innocent when you dream)ということは、現実はその反対なのか。 最近、わたしは10年ぐらい前の子供たちが登場する夢をよく見る。その理由に心当たりがないわけではない。現実逃避かもしれない。良いではないか、夢ぐらい。
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Time by Tori Amos
21日の音楽として毎月音楽について書き始めてまる2年。今月から3年目。今月は原点に戻るつもりで、大好きなトム・ウェイツの曲を。 この動画はトーリ・エイモスによるカヴァー。女性ヴォーカルだと殊更にトムの楽曲の美しさが際立つ。 デヴィッド・レターマン・ショーでのこのライブ演奏は、2001年9月18日だそうで、あの911テロ後初めての放送回。さまざまな記憶と想いに寄り添うこの曲がこの回に選ばれたのも頷ける。 You're east of East Saint Louis and the wind is making speeches and the rain sounds like a round of applause (拙訳)イーストセントルイスの東の果てでは、風は演説のように、雨は喝采のごとく響く They all pretend they're orphans and their memory is like a train you can see it getting smaller as it pulls away (拙訳)みんながみんな孤児のように振る舞っている 彼らの思い出は列車のように、離れるにつれてだんだん小さくなってゆく The things you can't remember Tell the things you can't forget that history puts a saint in every dream (拙訳)思い出せないことが忘れられないことを教えてくれる 時が経てば、どんな夢にも聖者が宿るのだから じつはこの21日の音楽を始めたのは2年前の誕生日に何かあたらしいことをしようと考えてのことだった。それから3回目の誕生日が巡ってきた。 一年に一度しか巡ってこない誕生日には、どうしたって時間の経過を意識してしまう。区切りの年齢になると尚更だ。良かったことも悪かったことも、この曲の言うように一歩引いて思い出として、地層のように積み上げていければ良い。地学をやっていたからか、そんな感覚で古い記憶を客観視したくなる。 It's time, time, time and it's time, time, time that you love and it's time, time, time... これからも愛しく思える時間を過ごせますように。
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China Girl by David Bowie
昨日まで中国に行っていた。大陸側、いわゆるメインランド・チャイナへははじめてだ。 10日間の日程、ずっと北京にいた。比較的低緯度の海に面した香港や台湾にくらべて、その気候や言葉以上に違いを感じたのはやはりその体制の違いか。いつも使っていたスマホのアプリはほとんどが使えず、持っていた書類が没収されることもあった。 中国からの帰国直後となった今月の21日の音楽、ややベタな選曲だけどデヴィッド・ボウイのこの曲を選ぶことにする。 ボウイがライブで語るように、このChina Girlは1970年代にイギー・ポップと一緒に書いた曲だ。 現代とはおおきく異なる当時の中国。その中国Chinaの名を冠した少女に対して、「青い瞳をあげよう(I'll give you eyes of blue)」、「世界征服を企む男をあげよう(I'll give you a man who wants to rule the world)」と尊大な妄言を吐く白人男の様は、現代では問題視されそうではある。この妄言や「雷鳴のごとき心臓の鼓動(I hear her heart beating as loud as thunder)」、「破裂する星(I saw the stars crashing down)」といった表現に、ドラッグの隠喩だとの説がある。そうしたダブルミーニングはロックの定番だから、きっとそうなのだろう。 ボウイがこの曲を書いた70年代、歌った80年代を経て、中国は世界の工場と呼ばれる経済大国になった。自由主義世界とは異なる価値観の、一党独裁の社会主義の大国になった。近年は、他国の情勢との連関もあって、不穏な危うさを感じさせる場面もある。 この曲が書かれた70年代なかば、デヴィッド・ボウイは東西冷戦の最前線のベルリンにいた。当時もすでに中国は社会主義陣営。チャイナ・ガールが否応なしに黙ってと言うところにも繋がってきそうだ。 And when I get excited My little China girl says Oh baby just shut your mouth She says, Shh... わたしたち日本はいちおう自由主義世界にいる。ここでどちらがどうというのは不毛だ。2016年のはじめに亡くなったボウイは冷戦下ですでに何かを予見していたのか。 中国から帰国してすぐ、ふとそんなことを考えてしまった。