その宝石、複雑怪奇なり【トルマリンのはなし・前半】
昨年は10月の誕生石としてオパールをとりあげたけれど、以前からもうひとつ、トルマリンも10月の誕生石として知られてきた。最近あらたにくわわった他の月の複数の誕生石とはちがって、米国ではトルマリンは1世紀以上前の1912年から10月の誕生石とされてきたようだ。
ジョージ・F・クンツ氏のおかげで米国産のピンク・トルマリンがよく知られていたからなのかもしれない。トルマリンでもとりわけピンクが誕生石とされることもある。
トルマリンにはすべての色があると言われる。ひとつの結晶に複数の色が同居しているパーティカラーもある。カラーバリエーションの豊富さはほかの宝石の追随を許さない。近年はネオンブルーのパライバ・トルマリンを筆頭にとてもとても人気が高い宝石だ。
わたしも仕事でトルマリンを調べることがおおく、転職して最初に書いたフルペーパーもトルマリンについて。そのおかげかいつの間にかもっとも詳しい宝石のひとつになった。だから当然のこととして、そしてまたとない機会なので、今年はトルマリンについて書くことにする。
今回はかなり長くなるので、真珠のときと同様に2回にわける。前半はトルマリン全般について。後半は特定のトルマリンにフォーカス。近日中に公開します。
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複雑怪奇な化学組成
これまで本題ではないながらも、noteで触れてきたトルマリン。1年半ほど前にはジョン・ラスキンに絡めてトルマリンの組成について書いた。
トルマリンをトルマリンたらしめている複雑怪奇な化学組成。これは講演する際の定番ネタにしているのだけど、シンプルな組成の鉱物・・・炭素だけから成るダイヤモンド、珪素と酸素だけから成るクォーツ(水晶)につづけて化学組成を紹介すると、その想定外の長さにかならず会場がどよめく。
じつを言うと、この化学式にはちょっと誇張がはいっている。幾とおりかの元素がはいる箇所にその元素を羅列して書いているため、やたらと長くみえている。正直にいえば、これはインパクト重視の演出。講演や講義にだってエンターテイメントの要素は必要だからね。
構造もまた複雑怪奇
誇張表現の正当化はさておき、なぜ幾とおりもの元素がおなじ箇所に入るのか。これについても触れておかなくてはならない。
トルマリンというのは単一の鉱物ではなくて鉱物のグループ名。鉱物のほとんどは、陽イオンのまわりを陰イオンが取り囲んだ四面体か八面体、あるいはその両方が規則正しくならんでできている。陰イオンはだいたいが酸素で、陽イオンには珪素やアルミニウムがはいる場合がおおいけれど、さまざまな金属元素がはいる。
トルマリンでは、四面体が角の酸素を共有しながらリング状に6つつながっている(サイクロ珪酸塩)。そしてそのリング状の四面体には、2種類の八面体がおなじくリング状につながっている。基底にあるのが3つのホウ素で、このホウ素はすべてのトルマリンに共通。四面体と八面体のなかの陽イオンの電荷は1価から4価までと幅広く、陰イオンには1価と2価がはいる。考えうる組み合わせはかなりの数にのぼる。
こうして言葉で説明してもさっぱりわからないと思うけれど、複雑であることは伝わるだろうか。百聞は一見にしかず。この構造を図にすると、下のスクリーンショットにあるイラストのようになる。
この図に描かれている構造を文章にしたのが先の説明だったのだけど、それでも網羅しきれてはいない。図中ピンクの四面体リングの上部に描かれているXが網羅できていなかった箇所。ここにはだいたいナトリウムかカルシウムがはいる。何も入らないこともある。
トルマリンの鉱物種を分類する際には、まずこのXサイトに何が入るかで大きく分類される。ついでYサイト、Zサイトの主成分によって下位の分類がなされ、それぞれで陰イオンの中身でも細分化される。
こうして分類され、実際に確認されているトルマリンは40種弱。私のウェビナーの時点では36種だったけど、現時点ではひとつ増えて37種ある。
またの名を電気石
トルマリンには焦電効果・圧電効果というおもしろい性質がある。焦電効果は温度変化によって結晶が帯電する現象で、圧電効果は圧力がくわわると帯電する現象。これらの現象の根っこにあるのは自発分極というメカニズムだ。
さきほど書いたように、組成だけでなく構造も複雑なトルマリン。さまざまな電荷の陽イオンが入り、また非対称な構造をしているため、原子の電荷の重心は一致していない。もともと分極している状態にある。しかし自由電荷によって分極が打ち消されてしまうため、温度が一定であればこの分極は結晶の表面にはあらわれない。
では温度が変わればどうなのか。温度変化にともなって結晶を構成している原子の位置も変わる。それに応じてもともと結晶内で分極している区域の大きさも変わる。その変化分があらたに帯電したかのように見えるというのが焦電効果のカラクリだ。
焦電効果の仕組みは、18世紀にドイツの物理学者フランツ・エピヌスによって電磁気学的に説明された。しかし、トルマリンが帯電することは埃や灰を吸着する現象としてもっと昔から知られていた。
ミネラルショーでは照明で温められたトルマリンに埃がくっついているのを見かけることがある。
わたしも、黒いトルマリン(ショール、鉄電気石)をつかってちょっとした実験をやったことがある(下記note参照)。
電気と関連づけるのでなければ、トルマリンが物質を引きつけることはかなり昔から知られていたようだ。ガーネットの回で書いたように、イスラーム世界では13世紀にこの性質によってガーネットと識別できると記載されている。
分類学の祖カール・フォン・リンネは、電気を帯びるトルマリンを”Lapis electricus”と命名した。トルマリンの和名、電気石はその訳語だ。
宝石質のトルマリン
40ちかい種類のトルマリンがあると書いた。宝石質のものの大半はエルバイト(リシア電気石)というトルマリン。ほかにドラバイト(苦土電気石)〜ウバイト(灰電気石)系列のものもある。
2年ちかく前のミネラルショーで入手したクロム・トルマリン。これについては、以下の記事のなかで触れていた。
クロム・トルマリンは鮮やかなグリーンをしたトルマリン。その色は不純物のバナジウムとクロムによるもの。トルマリンの種類としてはドラバイトで、ナトリウムとマグネシウムを主成分にもつ。ドラバイトは褐色のものがおおい。
おなじグリーンのトルマリン(商業名ベルデライト)でも、ナトリウムとリチウムを主成分にもつエルバイトではクロム・トルマリンほど鮮やかな発色ではないものがおおい。こちらは鉄による着色で、鉄の濃度が高くなれば暗めの色合いになる。
鉄による着色のエルバイトでは、濃いブルーのものも人気(商業名インディコライト)。藍染のインディゴにちなんでの命名なので、明るいブルーのものはそう呼ばないことがおおい。
なお、クロム・トルマリンに負けない鮮やかなグリーンのエルバイトも存在する。パライバ・トルマリンとして知られる銅による着色のものだ。
銅の着色だけでは鮮やかなブルーになるのだけど、そこに2価のマンガンが増えるとグリーンになる。3価のマンガンが増えるとバイオレット〜パープルになる。
パライバの色については次回に詳しく書くつもり。銅が少なくマンガンがおおいエルバイトはピンク〜レッドになったりイエローになったりする。レッドのトルマリンはルベライトの商業名で呼ばれ、イエローのものはカナリー・トルマリンと呼ばれることがある。トルマリンの商業名も、かなり複雑だ。
輪切りもまた美しい
結晶の成長にともなって微量元素が変化する場合がある。その微量元素が色に関係する元素だと、とうぜん見え方も変化する。トルマリンの場合、結晶の内側と外側で明確に色がことなるものがあり、ふつうに研磨するよりも輪切りにスライスするのが効果的だ。
外側がグリーン、内側がピンクのものをウォーターメロンと命名したのは誰なのだろう。素晴らしいネーミングセンスだと思う。
エルバイトに近い組成で、リディコータイト(リディコート電気石)という種類のトルマリンがある。カルシウムとリチウムを主成分にもつ。エルバイトと混じり合った固溶体として存在する。エルバイトの研磨石のロットに混じっていることもある。
有名なのはマダガスカル産のもの。ひとつの結晶のなかにさまざまな色が混在している。輪切りにすると特徴的な三角形が現れるので、トルマリンの複雑さが視覚的に確認できる。このスライス標本では展示するかコースターにするなどはできるけれど、身につけるのはあまりない。小さければペンダントぐらいにはなりそうだ(あれば欲しいな)。
名前の由来は米国の宝石学者リチャード・T・リディコート氏。わたしの所属先の2代目プレジデントだ。1977年に6番目のトルマリン鉱物種として登録された。
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前半はここまで。
後半はあのパライバ・トルマリンについて書く予定。ここに書いたように組成や構造、分類の仕方も複雑怪奇なトルマリンだけど、パライバ・トルマリンにまつわる諸々も複雑怪奇。わたしのnoteも複雑怪奇になってきそうな予感がする。