2024年に巡り合った10冊の印象的な本

まもなく、2024年が終わります。

今年も多くの書籍を手に取りました。それらの本を振り返ると、とりわけ印象深く思われた書籍は刊行日順に以下の通りでした。

なお、一人の著者が2024年中に複数の書籍を刊行した場合は、いずれか一冊のみを選びました。

  • 原武史『戦後政治と温泉』(中央公論新社、2024年)

  • 岩井秀一郎『軍務局長 武藤章』(祥伝社、2024年)

  • 君塚直隆『教養としてのイギリス貴族入門』(新潮社、2024年)

  • 高村正彦『冷戦後の日本外交』(新潮社、2024年)

  • 長南政義『二〇三高地』(KADOKAWA、2024年)

  • 伊東潤『天下を買った女』(KADOKAWA、2024年)

  • 安田裕貴『「家紋の国」はいかに西欧化したか』(ブイツーソリューション、2024年)

  • 飯田泰三『近代日本思想史大概』(法政大学出版局、2024年)

  • 田中豊先生『儒学者 中江兆民』(創元社、2024年)

  • 河西秀哉『皇室とメディア』(新潮社、2024年)

  • (以上、敬称略)

原武史先生の『戦後政治と温泉』(中央公論新社、2024年)は、これまで見逃されてきた日本の戦後政治における温泉地の果たした役割に注目し、「温泉政治」のあり方を検討した、興味深い一冊です。本書の刊行によって、われわれが念頭に置くべき政治空間の概念は、確実に拡張されました。

岩井秀一郎先生の『軍務局長 武藤章』(祥伝社、2024年)、遺族の所蔵する貴重な資料や各種の史料を駆使し、丹念な検証を通して、最後まで日米開戦を外交交渉によって打開しようと試みたり、軍政の中枢にいたために結果的に「軍部の横暴」の象徴のように捉えられたという、新たな武藤章の像を鮮やかに描き出しました。

君塚直隆先生の『教養としてのイギリス貴族入門』(新潮社、2024年)は、英国における貴族が様々な特権を有する代わりにより大きな責任をもって社会に臨んでいたことを実証的に明らかにするとともに、貴族制の背景となる君主制そのものが絶対的な少数となっている現在にあって、絶えず時流に適応したあり方を模索していることがよく分かる、イギリス貴族の実像を知るための格好の一冊です。

高村正彦氏の『冷戦後の日本外交』(新潮社、2024年)は、政治家として2度にわたる外務大臣を経験したほか、法相、防相などを歴任し、最後は自民党副総裁として歴代最長の在任期間を記録するなど、政府・党の枢要を占めた高村氏への聞き取りを通して、冷戦後の日本の外交のあり方を描いた本書は、高村氏の聡明さとともに聞き手の踏み込みの鋭さをもよく伝えます。

長南政義先生の『二〇三高地』(KADOKAWA、2024年)は、日露戦争において旅順攻囲戦を行った第三軍に焦点を当て、20世紀に入って最初の大規模な要塞攻略戦となったこの戦いの推移を、良質な史料に基づき丹念に描き出した一冊で、第三軍司令官乃木希典の指揮官としての能力とその人となりを達意の文章によって鮮やかに描き出す快作です。

伊東潤先生の『天下を買った女』(KADOKAWA、2024年)は、世の中に静謐をもたらすために経済の力を最大限活用しようとする日野富子と、我利我欲を優先させる男性たちの対比が鮮やかで、伊東先生が得意とする幅広い視野と強い意志を持った女性という像が、最新の学術研究の成果と巧みに融合され、印象深く描かれた一冊です。

安田裕貴先生の『「家紋の国」はいかに西欧化したか』(ブイツーソリューション、2024年)は、欧州以外で唯一紋章文化を持つとされる日本が、「家紋の国」としていかにしてその紋章文化を発展させたかを諸外国の西欧化の過程を参照し、豊富な図像資料とともに明晰に解き明かす好著です。

飯田泰三先生の『近代日本思想史大概』(法政大学出版局、2024年)は、かわさき市民アカデミーでの講義の録音をまとめた一冊で、飯田先生の学問の緻密さとともにその語り口の洗練さがよく再現されています。巻末の付録として当時配布された資料も翻刻されており、貴重な史料の側面も備えた佳作です。

田中豊先生の『儒学者 中江兆民』(創元社、2024年)は、西洋の思想の導入と翻訳にとどまらず、中江兆民が豊かな教養を備えた知識人であったことをその著作から丹念に描き出した一冊です。本書を読んだわれわれは、これからは中江兆民を「東洋のルソー」と安易に呼ぶことはできませんし、こうした呼び名が中江兆民のよりよい理解の妨げになっていことが痛感されます。

河西秀哉先生の『皇室とメディア』(新潮社、2024年)は、明治天皇から今上陛下に至る、150年に及ぶ皇室とメディアの関係を実証的に検討しており、明治時代においていかにして崇高な君主としての天皇像を確立しようとしたのか、あるいは誰もが自由に意見を交わすことができるSNS時代において皇室が人々とどのような関係にあるのかが明瞭に描き出された、意義深い一冊です。

もちろん、上記の10冊以外にも様々な書籍を今年も手にすることができました。

改めて、この一年間に素晴らしい書籍を世に送り出された著者の皆さんと出版各社の取り組みに、一人の読者として深く感謝します。

そして、来年もどのような書籍に出会えるか、今から楽しみです。

<Executive Summary>
My Best Ten Books of 2024 (Yusuke Suzumura)

I selected my best ten books of 2024. In this occasion I show the list and brief comments for each book.

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