東京都交響楽団の第1000回定期演奏会の開催を祝す(I)

去る6月4日(火)、東京都交響楽団が第1000回定期演奏会を挙行しました。

日本の職業交響管弦楽団の中で定期演奏会が1000回を記録するのはNHK交響楽団に続いて2団体目となります。

1967年5月30日(火)に東京文化会館において第1回定期演奏会を開催して以来、紆余曲折を経ながら1000回にわたる定期演奏会を開催してきたことは賞賛すべきことです。

実際、1965年2月1日に財団法人として東京都交響楽団が発足したものの、1964年に開催された東京オリンピックの記念事業として設立されたという経緯が五輪後の東京都の財政悪化により批判の対象となりました。

また、1965年7月の都議会議員選挙で社会党が自民党に代わって第1党となったことで、楽団の創設を主導し、初代の理事長を務め、自民党を与党としていた東龍太郎都知事が都議会で批判されました

さらに、東京都が抱える外郭団体が調査の対象とされ、発足したばかりの東京都響も審議されたのでした。

その結果、1966年度は都民音楽会と学校向けの音楽鑑賞教室での公演のみを行い、一般公開の演奏会は行えなくなりました。

こうした状況は音楽の専門家が集まる職業団体であるにもかかわらず日頃の研鑽の成果を広く社会に問う機会を失うことに他ならず、東京都響の存在意義そのものが問われるものでした。

楽団の発足時に常任指揮者であったハインツ・ホフマンと専属指揮者の大町陽一郎が任期満了となる1967年3月をもって退任したことは、このような東京都響の置かれたいびつな環境を反映したものでした。

一方、ホフマンの跡を継いだ森正は直前まで京都市交響楽団の常任指揮者を務めており、指揮者としての手腕はもとより、東京都響と同じく自治体が設置者である楽団を率い、当局との良好な関係を築くことの重要さを知悉した人物でもありました。

それとともに、楽団にとって定期演奏会を行わないことは楽団の価値そのものを失わせるという信念により、定期演奏会の開催を実現したのでした。

もちろん、この背景には都議会において東京都響を含め東都政を徹底して批判していた社会党の過度な態度を敬遠する雰囲気が、革新勢力の態度の軟化をもたらしたことがあります。

しかし、森の着任日が1967年4月1日(土)であり、第1回定期演奏会の開催が5月30日でしたから、短期間で定期公演の実施を現実のものとし、しかも公演として成り立たせた森の力量のほどがうかがわれます。

こうして懸案であった一般公開の公演を定期演奏会という形で行えたことは、その後の東京都響の発展を考える上で重要であり、もし森が着任とともに定期演奏会を始めていなければ、東京都が学校の音楽鑑賞教室専門の楽団を抱えるといういびつな状況が団の解散へと繋がったかもしれません。

その後は演奏者の増員が図られ、渡邉暁雄や若杉弘、あるいはジャン・フルネといった国内外で活躍する第一線の指揮者を音楽監督や常任客演指揮者に迎えるとともに、1990年に矢部達哉をコンサートマスターとするなどの意欲的な人事により、1990年代には最も入場券の入手しにくい楽団となったのでした。

しかしながら、1999年4月に石原慎太郎が都知事に就任すると再び都の機構改革と外郭団体のあり方の見直しが行われ、関連として都知事が務めていた理事長職が不在となったり、団への補助金の削減や契約団員の増加などの措置が取られました。

石原都政の下での一連の施策により東京都響の演奏技術の維持と経営環境とに悪影響を及ぼしたことは明らかで、かつては高い人気を誇った定期演奏会も空席が目立つようになったものでした。

それでも、石原が東京でのオリンピックの開催を都政の中心的な事業として推進する中で1964年の東京大会を記念して発足した東京都響に冷淡な態度を示すことは、オリンピックが競技だけでなく文化をも含めた総合的な催事であることを理解しているかを疑わせるものでした。

東京都が2016年の夏季五輪招致に本格的に取り組み始めた2006年に石原の側近であった鳥海巌が空席であった理事長に就任したことは偶然ではなく、いわゆるオリンピックの遺産の一つである東京都響を東京都が決してないがしろにしていないことを示すための、招致対策の意味を持っていたのです。

それだけに、2021年に行われた東京オリンピックで開会式での選手入場の際に入場曲を東京都響が担当したのは当然のことであるばかりではなく、過去の政策が誤りであったことが間接的に認められた形となったのでした。

このように、東京都交響楽団はその発足の当初から定期演奏会を行えたのではなく、東京都議会や東京都庁、なかんずく都知事との関係の中で公演や団のあり方が影響されてきたのです。

<Executive Summary>
Celebrating the Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra's 1000th Subscription Concert (I) (Yusuke Suzumura)

The Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra (TMSO) held the 1000th Subscription Concert, which was the 2nd case in the history among Japanese professional orchestras, on 4th June 2024. On this occasion, I examine the changes TMSO's history of subscription concert focusing on the relationship with the Tokyo Metropolitan Government and the Tokyo Metropolitan Assembly.

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