『湛山回想』の重版で思い出される石橋湛山の回想録の特長

去る7月26日(金)、岩波文庫の2024年夏の一括重版の一冊として、石橋湛山の『湛山回想』(岩波書店、1985年)が重版されました。

石橋湛山は公職追放中の1949年にかつて編集主幹を務め、社長として経営を担った『東洋経済新報』に回想録を書き始め、追放解除後の1951年10月に連載の内容をまとめた一書を『湛山回想』と題して毎日新聞社から出版しました。

杉田湛誓ときんの子・省三として生まれながら母の姓である石橋、そして湛山と改名した経緯や小学校から大学までの生活の様子、影響を受けた教師たちとの邂逅、一年志願兵として軍隊生活を送った際の経験、東洋経済新報社に入社して『東洋時論』から『東洋経済新報』に移籍して言論活動に従事したこと、明治20年代以降の日本の経済雑誌の様子、東洋経済新報社の経営を巡る出来事、さらには戦中から戦後にかけての活動や長らく居を構えた鎌倉での生活のありさま、そして政界への進出と、石橋の足跡の多くを網羅した本書は、大変に読み応えのあるものです。

石橋は日本経済新聞の連載「私の履歴書」を1958年1月3日から1月23日まで担当しました。その内容は現在では『私の履歴書 反骨の言論人』(日本経済新聞出版、2007年)として手にすることが可能です。

長谷川如是閑、小汀利得、小林勇とともに収められた石橋の連載は、長谷川の息の長い文章、小汀の軽妙な筆致、小林の哀愁の漂う内容とそれぞれの書き手がその特徴をよく示したように、明快な記述が力強さを持ったものです。

また、1957年2月に首相を退任した後に執筆しただけに、『湛山回想』で扱えなかった追放解除後の事績を取り上げている点に妙味があります。

一方、連載の回数や紙幅の制限、さらには『湛山回想』との重複を避けるため、扱われている話題が絞り込まれていることには注意が必要です。

その意味で、今回の重版によって『湛山回想』が入手しやすくなったことは石橋湛山の生誕140年に当たる今年にふさわしい取り組みであると言えるでしょう。

さらに、岩波書店には、『湛山回想』の後を補い、「私の履歴書」の連載から5年後の1963年から行われた立正大学の教員による聞き取りの内容をまとめた、同時代ライブラリーの『湛山座談』(1994年)の岩波文庫への収載も期待されるところです。

『湛山座談』は全16巻の『石橋湛山全集』に収録されておらず、同時代ライブラリーも1998年7月に終刊となり入手が困難になっているにもかかわらず、最晩年の視点から見た石橋のこれまでの活動の様子が描かれているという点で一読に値するもので、私も近著『政治家 石橋湛山』(中央公論新社、2023年)の中で活用しました。

『湛山回想』の重版を受けて思い出される、石橋湛山の回想録の特長と出版の状況です。

<Executive Summary>
Reprint of "Ishibashi Tanzan's Reminiscences" (Yusuke Suzumura)

A book "Ishibashi Tanzan's Reminiscences" was reprinted from Iwanami Shoten 26th July 2024. On this occasion, I examine the meaning of Ishibashi's autobiographies.

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