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書評 #102|少年と犬

 馳星周の作品を初めて読んだ。もちろん、実態はわからないが、『不夜城』に代表されるスリリングかつ現実的な作風が作者の特徴と認識していた。その雰囲気からは遠い『少年と犬』という作品名に興味を覚えて本を手に取った。

 東日本大震災に被災し、飼い主を失った多聞という犬を中心とした物語。人々との出会い。多聞がそれぞれにもたらす前向きな変化。歩み続ける多聞の先に何があるのか。多様な感情と適度な余白が交わり、作品としての引力を放つ。

 それもさることながら、多聞の聡明さ。献身性。人々を癒す力がどこまでも印象的だ。多聞に限らず、犬が持つ力。ひいては生命の素晴らしさを再発見させてくれる。

 冒頭で作者に対して持っていた印象に触れた。登場する人物たちは闇を持つ者もいれば、過ちを犯す者もいる。人生の不条理さと言ったらそれまでであり、人間の愚かさとも言えるが、生死や人生における光と闇を隔てる薄さをはっきりと描く。だからこそ、幸せや平和の貴重さや意志を持って生きることの大切さも感じてやまない。そこに馳星周のリアリティが凝縮されているような気がした。


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