旅|太陽の街、青の世界|1
僕がこれから過ごす二日間を妻は「旅行」と呼び、僕は「遠出」と呼んだ。その二つに大きな違いはない。少なくとも僕はそう思う。明確な違いがあるとすれば、僕と妻が共有する日常との距離感だろうか。この二日間は僕が過ごす日常の延長線上にあり、妻が過ごすそれとは湖のような間が横たわる。その間が言葉に映し出された。家の玄関を開けて外界に飛び出し、一人でそんな思いを巡らせる。
地下鉄に乗って柏へと向かった。南北線。千代田線。人工的な白い光に包まれた車内。窓外には暗闇が広がる。電車に揺られながら、僕の身体は一歩も動くことはない。国会議事堂前。根津。松戸。都心とその近郊に張り巡らされた血管の中で流れる血球になった気分だ。流されながら、村上春樹の『女のいない男たち』に眼を落とした。血流を漂いながら、僕は柏へと運ばれる。
電車に揺られた波が肌に残る。人々が発するざわめき。ビルの合間に残る煤のような翳り。少しの黄色を落としたような青空。それらは合わさり、柏はロンドンの郊外にあるセブン・シスターズ駅周辺を僕に思い出させる。信州へと向かう前。その前奏曲として日立台で柏レイソルと川崎フロンターレの試合に立ち会う。初めて口にする上質なチョコレートケーキの前に、食べ慣れたチョコレートケーキを食べるような、贅沢な時間が僕の眼の前にある。
太陽の王が君臨する城。初めて踏む日立台の地を前に、胸は静かに燃える。道には黄色の旗が揺らめき、僕をスタジアムへと導いた。上空から降り注ぐ陽光が体温を上げる。
黄色の衣をまとった勇者たち。芝生の上で戦う戦士たちに、彼らは声と身振りで思いを届けようとする。日立台にその思いを遮るものは何もない。思いが発する熱を背中で微かに感じながら、僕は松本へと歩き出した。
続く
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