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植物〈風景写実試論 その3〉
〈写真は風蝶草〉
文芸の風景写実と植物と云うのは結構縁深いものであります。和歌短歌俳句、と云うものに季節が関係し、其処に自然の描写が含まれているのも同じ様なものでしょう。植物がメタファになり、メタファとしての植物が現れるのも文芸ならではの表現です。では、書き手はどれだけ植物に詳しいのでしょうか?
まあ、詳しい人も詳しくない人もいるでしょうし、第一読み手が「柊」の1文字でそれを読み取ってくれるとは限りません。
後から、じんわりと分かったり、読み手の読み込みに期待するしかありませんし、それがただの木として通り過ぎても問題はありません。
〈ちなみに柊とは葉がギザギザのあれです〉
照葉樹、いわゆる、葉に光沢があり、常緑広葉樹の一種です。なんで照葉樹と常緑広葉樹って全く同じカテゴリーがあるのか謎ですね。
1そのものの名
それがただの木である場合、それは特定されない細部のない何かであります。逆にそれが名指しされると特定されてゆきます。
この効果は如何なるものでしょうか?
俺は知ってるぞ的なマウンティング?
いえいえ、違います。(あるかもしれませんが)細部と固有性と云うものが効果としてあるのです。
映像表現でも寄りと俯瞰を使い分ける様に、巨視と微視とは文芸の作法の常套手段です。
モノには、それ自体に物語があり、それが作用出来る余地が文にはあり、読者の心理に触れる手法であります。
2例一 街路樹
街路樹とは都市設計の上で選ばれた樹木を示します。ウィキペデアによると、現在日本で指定されている街路樹は十種、スズカケノキ(プラタナス)、イチョウ、ユリノキ、アオギリ、トチノキ、トウカエデ、エンジュ、ミズキ、トネリコ、アカメガシワなのだそうです。
知っている人は知っていれば宜しいですし、知らない人は知らなくて宜しいのですが、これらは舞台として多用されています。
例えば、ドラマの一風景、青山にある絵画館前のイチョウ並木は余りに有名で、〈どう云う脈絡であの道をあの方向に歩くのかよくわからない〉と云うツッコミを無視して度々登場します。
これを真正面に使う、手段もあります。〈彼らは鎮痛な面持ちで並び、銀杏並木の下を歩いて行った…〉
逆手に取る事も出来るでしょう。〈彼らは絵画館前に向かい歩いていた。見上げるとそれはプラタナスだった。あれ?此処は銀杏並木だったのでは?と誰かが思うのだが、一段は緊張した表情で直進した〉
月が二つある系のアレでしょうか?
イチョウといえば銀杏がなる時期に独特の匂いがしますね。それを嫌と感じるか風物と感じるか、食欲と感じるかでまた変わります。
上記の街路樹にまつわるウンチクを延々と述べる人物に寄って行くとどうなるでしょう?その人物の細部に渡るこだわりが演出出来ます。
情報と云うのは並べ方や読ませ方で幾らでもあり様を変える事が出来ます。
あまり、例として挙げると、使う時はばかられますから、ガンガン上げませんが、そのシーンや舞台や風景のリアリティや幻想性を与える手段として、実に手っ取り早く植物があるのがわかります。
事前に植物に付いて知っていても、写真で納めて集めても、ネットで調べまくっても良いでしょう。さらりと登場しても仰々しく登場しても宜しいでしょう。問われるのは効果ですから。
3花
花、色々ありますね。花に詳しい方と詳しくない方っているモノで興味がない方は本当に興味ありません。無理して知る必要がないと思います。
ですが、文学的なモチーフとしては花は文の花であります。
普通に主役を食う花もありますし、詩的な題材としても現れます。有名どころでは「ガラスの動物園」〈ウィリアムズ〉の〈青いバラ〉などでしょうか?今日では青いバラは一応あるので、叙情性が薄れますが、印象的なモチーフです。
シーンから逆算して登場させると云う面倒も実に結構ですが、心象と解離する形で現れても宜しいでしょう。
あなたの作、あなたの人物の風景ですから、なんでも良いと思います。ですが、なんでも良いので花を、と云う申し出は中々難しいモノです。
まず、生花であるなら、一応花期が御座います。特定の品種はそのシーズンには登場しません。ある意味、時や時期を示すのが植物の特性です。雪の中咲き乱れる梅があっても、雪の中咲いているブーゲンビリアは奇妙です。逆に、雪持ちのブーゲンビリアとは組み合わせとしてモチーフとなり得るでしょう。
文芸作品に登場する花は色々ありますが、作家が植物の専門家で或る訳ではないので、まだまだ色々ある筈です。
象徴の一例
例 ライラック 「荒地」T.S.エリオット (pale violet)はエリオットの作では頽廃と疲弊の象徴。ローマ・カトリックでは悔い改めの色。
あなたの人物の横にあるのか、あなたの人物の内から湧き出てくるのか、あなたの人物が破壊するのか、それは存じ上げませんが、それが美しく面白くある為には細部が求められます。
4植物と心象
奇妙なものですが、植物は心象に影響します。植物は季節、つまり時を示し、その巡りを示し、場所を想起させます。これ等を装置として活用出来ると心象風景が形成されます。
叙事的な作業が叙情的な効果をもたらす良い例ですね。
また、細部の意匠が決定すると、案外全体的なタッチも形成されます。
ディテールを求める事はリアリズム的な要望ですが、ファンタジーにおいてもそれは同じでしょう。
作品の人物が充分でない時、その人物の背景を考えてみては如何でしょう?
美しい少年がいます。無垢で汚れを知らず、傷付きやすい瞳をしています。彼は「ライ麦畑」の主人公の様に話すかも知れませんし、「トーマの心臓」の少年達の様に話すかも知れません。あなたの中で魅力的な人物である筈です。
でも、彼等がその魔力を発揮出来る場所とは如何なる場面でしょう?
草原でしょうか?森でしょうか?
草原であるなら、其処に生えている草はなんでしょうか?シロツメグサでしょうか、芝でしょうか?
フラワーアレンジメントで云うグリーンですが、空想の中では幾らでも装飾が効きます。
遠くに風力発電の風車があり、少し視線をあげるとテトラポットが見えるかも知れません。丘の方を向くと建物が見えます。建物の庭には季節の花が咲き、朝顔の蔓が所々に名札をぶら下げています。
どうやら季節は夏であるらしいです。
少年は残酷な運命を背負っているかも知れませんが、残酷さとは美しさと対でなければ作用しないかも知れません。
或いは美しい少女がいるのだとしたら?
舞台が出来上がってくると人物が動き出します。突飛な場所が必要なければ省いて仕舞えば宜しいでしょう。
5植物と詩
詩的な表現とは幾つかの制約を持っています。押韻や韻脚がそれですね。そして、詩は詩的な許容を有している為、文意に合わない言葉を導入出来ます。其処に植物をしにばせると、メタファとしての作用が強くなります。当然ですが、詩的音楽的作用を狙うので、文意には添いません。この様な調整を繰り返すのが叙情詩の作法です。
然し、この印象的な一文が完成したとして、一体何処に置くのか、それは別途考える必要があります。
6結び
〈で?どう使うの?〉
うむ、歳時記を引きながら俳句を書くならいざ知らず、植物の植生の知識が文章に影響するとは限らないですよね。《プルーストの逸話で、一つの花を延々と眺めていたと云うのがありますが》其処からモチーフを引っ張り出すのは結構難しいです。然し、アイディアにはなりますよね。記憶の片隅にあったシーンと登場人物を合成する事も可能です。
文の中の植物は様々な要素です。「星の王子様」では人物ですが、多くは風景でしょう。人物にテーマがあるとしたら、テーマの花もあり得ます。視覚的なものは文面に活かしづらいのですが、仕掛けるだけ仕掛けてしまうのもありです。
風景の中でも植物は、作者にとってのキーになるのかも知れません。《表現に不可欠なのではなく、想起するのに不可欠なツール…とか》
昨今では植物を撮影すると名前を教えてくれるアプリもあるそうです。
余り、植物が生茂ると、それだけで場所が限定されてしまいますし、思わせぶりにあるのも無駄ですね。然し、人物は細部を認識できるかも知れませんし、人物を通した表象としての風景を作者は把握しています。
此処に書かれているものは試論であり、イメージの共有です。いわゆる技術指南ではありません。
風景に何か足りないな〜と思った時、付け加えて下さい。
わからない事や使いたいモチーフは観察しなければなりませんが人に聞いてみるのも宜しいでしょう。
知のロケハン見たいですね。
〜問題 植物を並べるだけの文芸作品はあり得るか?
〜「植物的イメージ」と「幾何学的イメージ」の差とは?
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