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双極性障害を発信するわけ



朝から市役所に呼ばれ、長々とあれこれ聞かれる。障害福祉サービスを利用するにあたって、自分の症状をできるだけ重く語る必要があった。

話してみると、私の病状は普通でないことに気づかされる。「大変でしたね」と、一瞬場を静まり返らせてしまった。

今日この時が楽しくて、明るい未来を想像した翌日には、自分がこの世に存在している意味すら見失うことが多くある。まるで閑静なこの住宅街が、嵐によって一瞬にして失われてしまうように。

ガラスのハートなんてよく言うけれど、ガラスよりももっと脆い。修復も早いけれど、砕けるのはもっと早い。予測不能な感情の波は、私の生きる足を一瞬にして引きずり下ろす。

ここから本題に入りたい。
私は誰かに双極性障害という病気を知ってもらいたいと思う。

世の中にはたくさんの病気があって、それらを抱えて生きていく人は本当につらい。そう頭では分かっているけれど、「なぜ私ばかり?」と疑問符が頭から離れない。本当に自分勝手なやつだと、呆れたりもする。

精神障害と聞くと命に関わらないと見られ、軽く見られることも多い。某チャリティー番組で精神障害を扱わない問題も然り。

もちろん、精神障害の方が苦しみが強いとか、病気や障害に優劣をつけるようなことはしたくない。

先日、大学の先生が作ったスライドに「双極性障害の自殺頻度は一般人口の約15倍」と書かれていた。

それを見た時、私が明日気持ちに変化があって自ら生きることをやめてしまったら、と想像し、怖くなった。心臓がぎゅっとなるってこういう感覚か、と納得したほど。

そんなふうに思ったのは初めてで、自分でも驚いた。

この文章を書いているのは、私がこれを乗り越えるための一つの手段でもあり、また誰かに知ってもらいたいという願望から。双極性障害は、時に命さえ脅かす病気だということを伝えたい。私自身、未来を見据えて生きるのが難しいと感じることが多いが、それでも今ここで生きている。誰かに自分の経験が届くことを願って、発信し続けていきたい。

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