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鬼滅の弁当、思うてたんと違う。

 この春で保育園を卒園する長男の、園生活最後のお弁当の日がやってきた。

 毎日給食が出ているが、年に数回ピクニック気分を。という事でお弁当の日がある。

 リクエストは、大好きな鬼滅の刃のキャラクター弁当。

 海苔を細かく切って髪の毛にしたり、食紅で着色してイラストを描いて…なんて作業は、四角い部屋を丸く掃除するタイプの私にはハードルが高いので

 インターネットで、指定されたキャラクターを、とにかく簡単に作れそうな方法を探して製作した。


 まず「鱗文」と呼ばれる、黄色地に白色の二等辺三角形を並べた模様の衣装を作る。

 手順は、黄色地を薄焼き卵で作り、スライスチーズで三角形を形取る。


「薄焼き卵を作る時は、白身と黄身をしっかり混ぜて」

と、レシピに書いてあったけど、


愛情がそれで上乗せされる訳ではないし、朝の卵料理は、意識の薄いまま混ぜるから限界あるよね。などと思いながら

 適当にシャカシャカやると案の定、よく混ざり切って無かった為に、黄色い薄焼き卵から、白身がまだら模様に顔出す結果に


「言われた事は守る」

料理のさしすせそに入れるべきである。(サ行ですらないが)


 その結果、まだらにのぞいた白身の上に、白いチーズが乗りコントラストが皆無の仕上がりに。


「卵をよく混ぜる」

無駄だと思って省いた工程が、白地に白色を重ねる。という、この世の中で最も無駄な行動を、自らに課す事になったのである。


 それでも主人公の衣装である、市松模様を再現するためにキュウリで細工したり、初めてのキャラ弁作りにしては上場の出来だった 

 長男から、感謝と歓喜の声を聞けると思い込んで、意気揚々と弁当箱を見せた。

その時の私の顔は、とてもいい顔をしていたと思う。


すると長男は弁当箱を見るなり

「こんなんじゃない…。」



……うそでしょ!!!?


 状況を把握する為に理由を聞くと、胡瓜で作った市松模様に不満の様子だった。

 主人公、竈門炭治郎の衣装である市松模様は、黒色と緑色で出来ているから、キュウリの緑を剥いだ時に浮かぶ白色と、キュウリの緑色で表現されている事に納得がいっていない様子。


 しかし私は、伊達に長男の母親を6年もやっていない。

 こういう事態もしっかり想定して、お弁当制作の前は、しっかりと完成予定の画像を見せて

「こういう完成図になるよ。寸法はこう。」とイメージを伝えて、何なら、前日に市松模様を練習した時に余った胡瓜もつまみ食いさせていたから、どういうお弁当になるかは彼もしっかりと認識していたはず。

それなのに、出来上がった完成品を見ての大クレーム…

 


 私がメーカーで、長男が取引先の顧客だったとしてもそれは困ります、と抗議している場面だろう。

 しっかり見積もりを取って、完成予想図を提出して、何なら前日にサンプル品を納入済みである。


 長男が30歳の恋人だったなら、とっくに別れている案件だ。

案の定私は、ブチ切れた。



 今までの経緯を説明して正論で論破しようとするも、相手は6歳の新世界を生きる新人類である。

こちら側の正論は新人類の前では、何の効力も持たない。



 話は通じない。


 意見は平行線。


 刻々と迫る出発時刻。


 未だ起き抜けのパジャマ姿。


 完食されていない朝食。


 妹により大地に撒かれし、食卓にありしはずの白色(はくしょく)のミルク。



 私の怒りと混乱はピークに達する。


 そこで頼みの綱は、彼の父親のみである。

深夜遅くに帰宅し、未だ睡眠時間中の夫を私は叩き起こし、泣き言を言った。


「い、いかん!話が通じない!!」



 夫は冷静に長男を呼び、私と長男の間に入り、思いを伝える進行役に徹してくれた。



 それでも、互いの思いは平行線。


次は個別に話を聞くために、一旦私は部屋の外に出された。


 数分後、夫との話を終え出てきた長男は到底納得していない様子のふくれっ面であったが、夫に説得されたのか

「作ってくれたお弁当持っていく。」と、とんでもなく不機嫌に言った。


納得してない人間の顔は、あれほどまで苦痛に満ちているのか…と思った。


 その後、今度は私が夫に呼ばれ部屋の中へ。

「あのね。お母さんの気持ちはすっごくよく分かるよ。頑張って作ったのに悔しいし納得行かないよね。でも、僕だって自分の母親に相当理不尽な事言って来たし、間違いは絶対に正さないといけないけど、子供なんて予定通りにいく事の方が少ないんだから。

今回何を一番長男に伝えないと行けないか分かる?」


 と、聞かれて

「あれだけ入念な準備をして前日に納得したんだから、文句言うなって事?」と尋ねると


「違うよ。まずお弁当作ってくれてありがとう。って事でしょ。

長男の中でいろんな思いがあるかもしれないけど、そういう事をこれから教えていかないといけない。

子供は理不尽な事言うし、これからも必ずこういう事が沢山起こるけど、長い時間をかけて必ず大切な人への関わり方を学んでいくから、大丈夫だから。」

と言われた。


私は自分の不甲斐なさに、膝から崩れる思いがした。実際崩れる音が聞こえた。粉砕骨折だ。


 人は期待してた結果や反応がないと、傷付きショックを受ける。

 大人になるとショックを受けてる事を知られたくないから、涙を流すより先に怒りという防御反応をして自らを守っているのだと感じる。


 怒っている時は自分は泣いている時。


 本当は泣きたいんだという心の声に寄り添い、子供の言い分にもきちんと耳を傾け、到底納得いかなくても多少は諦める。

 いつか届くと信じて、とりあえず今日の所は諦める。未来ある諦め。


 いつか笑い話に変わるようにと、この日作ったお弁当の写真を、何枚も夫は撮影してくれた。

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その後、不本意なお弁当を持たされた長男を保育園まで送迎し、背中を見送った。


 涙と、怒りと、母の愛と、父の大きい器が詰まった弁当箱を、きっと空にして帰ってきてくれると信じて。

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