河合隼雄 こころの処方箋

前回の記事

「適応障害って、なんだ?」

で少しだけ紹介した


河合隼雄 こころの処方箋

新潮文庫 平成10年発行


もう、26年前の本なんですね~。



高校か中学の、国語もしくは現代文のテキストにこころの処方箋の一部が記載されていた気がします(23章 心の新鉱脈を振り当てよう だった気がする)。


適応障害と診断されてから初めて最初から最後まで読みました。




たまたま中沢新一と河合隼雄の「仏教が好き」をパートナーが読んでいて



あれ?河合隼雄ってどこかで聞いたことあるな、、?

なんだっけ?

検索検索、、っと



あっ、こころの処方箋の人か!


ふーん、臨床心理学者なのね、、

今の自分に何か与えてくれるものがもしかしたらあるかも?


となり、中古の文庫をポチっ

数日で届きました。



とにかく読みやすい。

すいすい読めてしまう。

内容は自分に当てはまったり、当てはまらなかったり、うーん、面白い。


55章の気になる章、共感できる章に付箋紙を貼っていったら、ほとんどの章につくことになりました。

驚異の打率8割超え。恐るべし河合隼雄。




でも河合さんは謙虚で、正直です。

なんてったって、最初の章のタイトルは

「人の心などわかるはずがない」

です。





自分の心は自分にしかわからない。

いや、自分にもわからないときがあるし、わかった気になっているだけの時もある。

ましてや他人になど、わかるはずもない。

わからないこそ対話をする、プロフェッショナルだからこそ、わからない。

わからない、わかりがたいことをわかる。


人間とは複雑なのだ。

だから、これはこうだと決めつけないのがプロなのかもしれない。


というのが河合さんのスタンスなのかなと、感じとりました。




ただ、河合さんのもとを訪れる患者さんへのアプローチの多用さや、タブーなどは蓄積されていくようで、観察やフィードバックを怠らない著者の姿勢に感服です。


観察の上手な他者の方が、自分を客観的にとらえるくれることってありますよね。

そういう人と対話をすると、こころの残像や輪郭、変化などが、少しだけ感じられるときがあります。

観察、対話によって見えてくるものもある。


でもその見えたものが、こころの破片であったり、残存であったり、変化の途中であったりで、コレだ!と決めつけられないものであることがきっと多いのでしょう。


絶えず変化する、こころ。

ゆっくりと焦らず、休み休み、気長にこころの確認作業をしてみる。

その確認作業とは「悩む」ことなのかもしれない。

悩む時間も大切にする、というのは今の自分にとって、とても大切な時間です。(現在、数ヵ月の休職中)


悩んでいい、こころの動き、形を確認して、とことん納得いくまで考えたらいい。


そのための時間が与えられているのかもしれない。


とにかくとことん悩んでみたらいい。

これは自分のために必要な時間。



著者 河合隼雄さんがこれまでに触れてきた様々なケース、事例を通して見えてくる考え方、捉え方、ヒントの数々。


読んで、すこし心が軽くなる。

私は前向きになれました。


自分の過去、現在、未来と照らし合わせながら読んでみるとなおのこと良いかもしれません。


おわり

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