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ペンネームで活動するデメリット3選【2分】

前回、こんな記事を書いた。

今日は、後編として、私がペンネームで活動していて感じる、デメリットを、3つ紹介しようと思う。


①友人知人に説明するのが大変

いちばんの問題は、これ。

大きな賞を頂戴したときだったり、テレビで紹介されるときだったり、友人知人に「よかったら見てね」と話をするのだけれども、

「あっ、本名じゃなくて、弓吉えりっていうペンネームで紹介されるからね」というひとことを忘れてはならない。

このひとことを忘れなかったとて、ペンネームという文化を理解こそすれ馴染みのない人は多く、一瞬きょとん顔をされることも多い。

きょとん顔ならまだしも、親戚なんかは、どうやらすこし悲しんでいるようなそぶりもあり、申し訳ないったらありゃしない。

②厨二病感が捨てきれない

これは私の思い込みかなあ。

いや、やっぱり思い込みじゃないよなあああ。

ちがう名前になりたい=変身願望、みたいな気がして、ちょっと厨二病くさいなあ、と私などは思ってしまう、どうしても。

ほかの方のペンネームに、そういった気持ちを抱いたことは、ほとんどないのだけれども、なぜか自分に対してだけは、批評眼が過剰にはたらく。

まあ、創作なんて、厨二病上等だよね。

③自分の名前であることを忘れる

最後のこれは、もしかしたら、もっともゆゆしき問題かもしれない。

私も何度、「弓吉さん、弓吉さん!!」

と呼ばれ、そこではじめて、はっ、私がまさしく弓吉だった!!と気づいたことか。

そう、自分が弓吉であることを忘れていたんである。

プロの文筆家にでもならない限り、日常生活で呼ばれる名前は、圧倒的に本名のほうが多い。

だから、自分がペンネームとして生きているとき、ペンネームとして生きていることを、つい失念する。

これはたぶん、志を高く持つか、あとは慣れるか、でしか解決しないと思われる。

私ユミヨシはかなり忘れっぽいので、がんばって志を高く持ちます……。

そのうち慣れるかな。

おわりに

今日の短歌

1日をちがう名前で生きてみて僕はやっぱり僕だったのだ/弓吉えり


ここ2年、ペンネームで生きてみて、やっぱり自分は自分なんだなあ、と感じる場面はかなり多い。

それでも、ちがう世界を見せてくれるペンネームには夢があるし、私は私のペンネームが大好きで、ペンネームという文化そのものも大好きだ。

デメリットをさんざん紹介しておいて、何なんだけれども、どうしても言いたい。

あなたも、自分にペンネームをつけてみませんか?

#創作大賞2024 #エッセイ部門

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