「中嶋監督電撃退任」から学んだ、マネジメントのこと組織文化のこと
立て続けに野球の話で恐縮ですが、私の推しチームのオリックス・バファローズの中嶋監督が辞任を表明しました。
先日の今シーズン最終戦、タイトルのかかった宮城投手が豪雨のなか好投していたのに、まさかの雨天コールドで6回で試合が終了。タイトルどころか規定投球回にも届かず、ベンチの奥で涙する姿に心が締め付けられる思いをしてからわずか1時間後、電撃的な辞任発表でした。
「プロ野球の監督」といえば名誉なポジションで、プロ野球OBであれば基本的には「一度はやってみたい」、そして「なったからには続けたい」ポジションだと思います。ただ、中嶋監督はちょっと独特なスタンスを持っていて、優勝した次の年も1年契約を貫き、たった1年Bクラスに沈んだだけでささっと身を引いてしまったのです。球団やファンが名将と評価し、強く続けてほしいと願っていたのに、その手を振り切るように辞めてしまった人は(体調不良などを除けば)これまで記憶にありません。退任のコメントもこれまでの監督にはないもので、自分が長く監督をやったことによるチーム内の「慣れ」「緩み」を指摘する辛口なものでした。
発表から3日経ってもファンは抜け殻状態。Xなどを覗くと、監督の退任コメントを何度も何度も読み返し、その言葉の意味を噛み締め、反省したり憤慨したり絶望したり…。私もそのひとりです。ただ、プロ野球の世界ではやや異例なスタンスでも、ビジネスの世界に置き換えて考えると納得することもたくさんあって、私が中嶋監督の辞任から学んだことを3点書いてみたいと思います。(※ちなみに私は野球ファン歴は40年近いですが、バファローズのファンになったのは最近なので、ニワカであることをお許しください。)
①妥協しない自分への強さ
あらためて感じたことは、中嶋監督が1年たりとも妥協を許せなかったという意識の高さです。
オリックス・バファローズというチームは、長年”暗黒期”と言われる低迷期を過ごしていましたが、2021年に中嶋監督で正式に監督に就任してから近年では奇跡とも言えるリーグ3連覇を果たしたという経緯があります。正直なところ、暗黒期からの3連覇、2022年には日本一も経験させてもらったのだから、今年の5位という成績にも「まぁ1年くらい大丈夫」と思っちゃってたファンは私だけではないはずです。3年間日本シリーズまで戦い、合間にWBCもあり、ファンイベントもこなし、そりゃ疲労も溜まるだろうし身体のメンテナンスも行き届かないだろう。主力選手がメジャーに旅立ったり、怪我人が重なったりと不運もあって、「仕方ないでしょ」みたいな。
ただ、監督はそんな考えじゃなかった。実力はあるはずなのに優勝どころかAクラス争いにも絡めない。気のぬいたプレーは目立つし、最低限やってほしいとお願いした全力疾走や攻守交代でのキビキビとしたプレーすらやれない。そんなチームを「疲れてるのかな」「来年がんばろう」では片付けられなかったのだと、コメントからは読み取れました。
たしかに、監督は常に疲労も考慮した選手起用をしていたし、練習も効率的に時間をかけない配慮をしてるといいます。オールスターの監督になった時も「(毎年2日間開催されるのを)1日でいいのでは?」という提言もしていたり、ただガムシャラにやれ!と言っているわけではありません。選手ひとりひとりがもっと考えていれば体調管理ももっとできるだろうし、試合にもっと集中できたのでは?という考えは納得できます。それに、プロ野球の順位というのは、1〜6位まで順位がついたとしても実はその差はわずかです。バファローズ自身、2021年と2022年の優勝の際は143試合の最後の日に優勝を決めたわけで、1つの走塁ミス、1つのエラー、1点をもぎ取る執念が最終順位を簡単に変えてしまうのです。
ビジネスの世界でも「まぁ1年くらい低迷しても仕方ない」と考えることは許されません。1年たりとも1期たりとも業績がマイナスになることは許されないし、「うちの会社は3年間業界1位だったから、今年は赤字でもいいよ」とか「この部署はずっと業績がうなぎのぼりだったから、今期はのんびりでいいよ」なんてあり得ません。なので、中嶋監督の常に勝利を諦めないスタンスは、ビジネスの世界だったらごく普通の真っ当な姿なのです。
「まぁ1年くらい大丈夫」「仕方ないでしょ」と考えてしまう甘えは、私自身にもそれはそれは根深くあります。「先月は頑張ったから今月はちょっとサボっても大丈夫」「疲れてるから仕方ないでしょ」みたいな考えは、いつだって私を取り巻いています。もちろん適度に休むとか無茶しないことも大事なんですが、中嶋監督の1年たりとも停滞を許さなかった姿勢に、プロフェッショナリズムを感じたし、身の引き締まる思いがしました。
②世代交代の普遍的な需要性
辞めてほしくないというファンとしての願いはさておき、客観的に見ると、中嶋監督は2軍時代から数えると6年間監督をやったことになります。選手の中にはちょうど監督の昇格と同時期に2軍から1軍に上がった選手も多いので、6年間どっぷり中嶋監督の元にいたという選手がかなりいます。6年というと、もし企業の上司と部下だったらなかなか長いですよね。
中嶋監督自身のコメントでも、5年ないし7年で変わるのが一番と聞いていたが、自分が6年やってみて「やっぱりな…」と思ったことが伺えますが、たしかに同じ上司と6年というのは長いのかもしれません。そのデメリットを中嶋監督は「慣れ」と表現しましたが、どこかマンネリ化してしまう、基本を忘れがちになる、その結果としてどうしても成長が頭打ちになるということがあるのかもしれません。どちらが悪いとかではなく「人間ってそういうもの」ということです。
私は会社勤めをしていた頃、およそ3年くらいで上司が入れ替わるのが常でした。ホテルを運営する会社なので、新しいホテルが開業するとそちらに異動していく人たちがたくさん出てくるのですが、そうなるとたいてい既存のホテルに残されるのは、はじめてマネジメント職につく上司やはじめてリーダーに就任する若手社員。ただ、そんな中で経験上言えることは、少々強引なくらい上司が入れ替わった方がいいことが多いということです。たしかに最初は不安定なこともあるし、うまくいかないこともあるのですが、なんだかんだで若手が成長し、中堅に責任感が芽生え、以前は人に頼るばっかりだったスタッフの目の色が変わっていく姿をたくさん目撃しました。慣れないメンバーでギクシャクする時でも、そのおかげで、それまで何となくやり過ごしてきた課題に新たに取り組めたり、発想を変えることで新しい成長をすることができたりした記憶があります。
野球チームと企業では違うところもあると思いますが、つまり、ひとりのマネージャーが同じポジションを6年続けることにはデメリットもあって、多少強引でも新しい人に挑戦してもらうことの効能はたくさんあるのです。とはいえ、周りに引き止められても自らそれを察して身を引ける人はそういないと思いますが、それをやった中嶋監督の胆力たるや…。
③組織文化の上に成り立つ
今回の件で、ソフトバンク・ホークスの小久保監督がインタビューに答えていて、興味深い記事がありました。
小久保監督といえば、今も現役時代と変わらずシャキッとしていて、自分にも他人にも厳しそうな人という印象です。特に今年は「王者奪還」という使命のもと圧倒的な強さを見せてパ・リーグを制し、本拠地最終戦でのスピーチは「ソフトバンクの監督らしいなぁ」と思いました。ホークスは常勝軍団というイメージが強く、取り巻くOBやメディアやファンもなかなかに手厳しいイメージがありますが、その背景には「王者らしくプロフェッショナルらしくあってほしい」という思いがあり、王監督、工藤監督の時代を経てチームの組織文化として築き上げられてきたんだなと、スピーチを通して感じることができました。ここ数年は優勝から遠ざかっていましたが、小久保監督はおそらく「プロフェッショナルたれ」という言葉で、チームが育んできた価値観をうまく選手に思い出させることができたし、自分自身が先頭に立って体現できる人だったからこそ、今年の圧倒的な強さがあったのではないかと感じます。このあたりは巨人にも共通するものを感じますが、長い歴史という武器を持つ巨人に対して、比較的歴史の浅いソフトバンクがこのような組織文化を築いたことはあらためて脅威だなと思います。
企業でも組織文化があるところは強いです。トップダウンで社員を動かすことが難しくなっている時代だからこそ、マネージャーが入れ替わっても、世の中の状況が変わっても、判断に迷うような場面でどういう選択をするか、知らず知らずに意思統一できる、「空気」のようにいい価値観が根付いている会社は成長が早いし、余計なコストもかかりません。ビジネスパーソンにとっても、特に新卒で入った会社の影響というものは強く受けるもので、良くも悪くも最初に入った会社の価値観を引きずることがあるし、ソフトバンク・ホークスのようなチームに入ったら、自然と背筋が伸びるようなことがあるんだろうなと思います。
一方でオリックス・バファローズはたしかにソフトバンク・ホークスや巨人のようなシャキッとした組織文化はないだろうなと思います。合併前の近鉄バファローズを見てもオリックス・ブルーウェーブを振り返っても、勢いがついたら手がつけられなくなる猛牛軍団とか、イチロー擁する自由でのびのびとした新時代のチームという印象で、「王者」という言葉は馴染まないと思います。球団OBも優しいコメントをされる方が多く、今年は成績が振るわない中でも手厳しい発言を聞くことはあまりありませんでした。ファンも「選手同士が仲がいい」「上下関係があまりなさそう」「明るい楽しそうに野球をやる」ところを魅力と感じていた人は多いと思います。私もそのひとりです。
それに対して今回の中嶋監督のコメントを拡大解釈して、「だいたい昔からゆるいチームで…」「アイドルのように選手を売り出したりするから…」のような否定コメントを見かけることもありますが、それはお門違いです。もともと中嶋監督が就任する前は「一度リードされたらお通夜のようにベンチが暗い」とか言われてしまうようなチームで、それを明るく変えたのも実は中嶋監督です。(※再度書いておくと、私がバファローズのファンになったのは最近なので、監督就任前のことは記事などで知っただけであることをお許しください。)2020年8月に前任の西村監督の休養に伴って代行監督に就任した直後、パ・リーグの公式Youtubeで紹介されたのがこちらの動画。
この時期はすでにシーズン終盤なので成績はほぼ最下位確定のような状況なのですが「ベンチが元気!」というだけで紹介されているのです。ちなみに、このカメラが中嶋監督代行を撮ろうとすると必ず割り込んでくる辻コーチも、中嶋監督が代行監督に就任した時に2軍から一緒に連れてきたコーチです。
上限関係が厳しくないところも、イケメン選手が多くて球団がアイドルのような売り込み方をするところも、私は肯定的です。なにより監督自身が(メディアには塩対応でも)選手に気さくに接し、生意気なことを言う若手選手のことも可愛がっていました。もし中嶋監督がこれらにも否定的だったとしたら、身近なベテラン選手に注意させるよう言っていただろうし、球団にもいろんな要望が出せたはずです。(GMや球団社長にモノが申せないような関係ではなさそうでした。)ただ、その明るい風土を残しつつ、自分に厳しく勝利を追求する姿勢を選手に求めるのは、かなり難易度の高い作業だっただろうと思います。そりゃ疲労困憊しますよね…。
ソフトバンクのように「プロフェッショナルたれ」という号令だけでピリッと緊張感が走るような組織文化はなくとも、代わりに「明るい」「楽しそうに野球をやる」「上下関係が厳しくない」という組織文化を強みに戦うにはどうしたらいいのか、次の監督に求められる課題はそんなところなんじゃないかと思いながらも、これがうまくいけば、これからの時代の企業にとってもまた学びがありそうな気がします。何にせよ、勝てば賞賛され負ければ否定される世界。うまくいかなかったことも含めて、そのチームとしての生き様に一喜一憂し、学びや活力を得るのがファンなので、また来年以降も応援し続けたいと思います。
監督に頼らずに選手の自主性で勝てるチームに
さて、この投稿を書くのに時間を要している間に、新監督が発表されてしまいました。新監督は岸田護さん、通称マモさんです。
何度も言うように私は最近ファンになった新参者なので、現役時代の岸田選手をほぼ知らないのですが、それでも引退セレモニーでのスピーチは語り草になっていますし、”マモさん”の話題はよく選手の間でもファンの間でも耳にしていました。経験不足という不安要素はありながらも、球団生え抜きの40代で、みんなに慕われながらもどこかに厳しさも漂わせる雰囲気は、中嶋監督のあとを受け継ぐには適任だと思います。
そして期待するのは、強制的に監督が変わったあとの選手たちの変化です。これまでどちらかというと監督に甘えることが多かった選手が、和気藹々とした風土を武器に、自分たちで考えて、鼓舞し合って、戦える集団になってくれたらすごく嬉しいです。
最後に、伝説となっている岸田新監督の現役引退セレモニーでの言葉
そう、ファンも新たな気持ちで来シーズンを迎えましょう。