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思い出が乗っかっている

 本と商店街という何やら面白そうなイベントが行われるということで、日曜日行ってきた。紫波中央駅で降りて20分ほど歩いたところにそのイベントが開催される日詰商店街はある。

 ぶらぶら歩く。歴史を感じさせる店が並ぶ。店の前に突然お洒落な移動式販売車みたいなのが現れる。チラッと覗く。センスのいい古本が並び、Tシャツなんかも一緒に販売されている。そこが本と商店街の始まりだった。

 トークイベントの予定が2つあるが、それ以外の時間はフリー。時間はたっぷりあるのでぶらぶらする。

 イベント中だからだろうか、本来の商店街の店は閉まっている店が多いようだった。商店街の中に今回のイベントの出店が点在している感じ。

 ふらりと入った会場で、ぼんやりと本を眺める。長テーブルの上にずらっと本が並んでいて、その向こうに販売している人が複数人並んでいる。出版社の人なのか、それともそれを書いている人なのか。

「ご自由に手にとってご覧ください」と言われるままに手にとってパラパラ。でもパラパラしてもあまりよくわからない。

 そこに並んでいるのは本というよりはZineと呼ばれるものが多かったように思う。最近流行りのあれだ。ふうんこんな感じかと思いながらパラパラしていたら声をかけられた。

「そのTシャツいいですね!」

 顔をあげると、もじゃもじゃの髪をした黒縁眼鏡の男性が笑顔でこちらを見ていた。

「ああこれ」と言って僕はTシャツを見せる。男性が読書をしている姿が奇妙な絵柄で描かれている。
「これ、堀さんって漫画家の……」と答えると、目の前の男性ははいはい、と言った。
「これですよね?」

 何と目の前に漫画家堀道広のZineがあった。こんな偶然あるのか、と思いながらそのZineを手に取る。堀道弘が金継ぎについて描いたZineだった。

「面白いTシャツですね」と目の前の男性はその後もしきりに褒めたたえてきた。Tシャツの中の男は真面目腐った顔で本を開いているのだが、その本の表紙にはポーンマガジンと書かれているる。
「これ、ポーンですか? ポーンマガジン?」
 男性は堪えきれないというようにくくっと笑った。
 確かにこれは面白いTシャツなのであった。堀道弘というのはギャグ漫画家で、その漫画家が描いたTシャツのイラストも思わず笑ってしまうような哀愁漂うものだった。
 本と商店街のイベントにこのTシャツを着てきたのは偶然ではない。本のイベントだから、それにまつわるTシャツがいいだろうと思って、わざわざクローゼットの中から探し出して引っ張り出してきたのだ。ファッションで何よりも大切なのはTPOである。

 褒められて気分よくなった僕は、堀道弘のZineを戻すと、その隣にあった紫色の印象的な表紙のZineにも何となく手を伸ばした。
「これ、表紙……」
 いいですよね、と言おうとしたら、目の前の男性がテンションの高い声で食い気味に言った。
「それ、僕が書いたやつなんですよ!」
 何と。そうだったのか。道理で手に取りやすい場所に置いてあるわけだ。
「表紙、表紙いいですか?」
 男性はさっき僕が言おうとしたことを汲み取って聞いてくる。男性はもっと言葉を欲しそうな顔をしていた。
「いい表紙ですよね。つい手に取ってしまいたくなるようないい表紙ですね!」
 僕が相手が言って欲しそうな言葉を並べ立てると、男性は嬉しそうに頷いて、フィルムがどうこう、表紙の作り方を説明してきたけれど、内容はあまり頭に入ってこなかった。僕はそう言うことにあまり詳しくない。
 でも、褒められたせいですっかりいい気分になった僕は、もう決めていた。
「これ、買います」
 本はノリで買うのが良い。
「ありがとうございます!」
 男性は嬉しそうに頭を下げた。いい笑顔だった。
 
 そんな風にして、この日は本を買いすぎてしまった。その本を書いた作者が目の前にいて、ちょっと会話をして、その会話が何か盛り上がったら買うしかないではないか。そこで買わないと粋じゃない。

 陸前高田で古書店をやっているという山猫堂では、書棚に何冊か並んでいる大判の漫画本をパラパラ捲っていると声をかけられた。山猫堂という名前の似合う若い女性だった。その書棚では新刊と古本が左右に分かれて置かれていて、僕が手に取った漫画は新刊本だった。その漫画の説明をされる。
 内容を聞いて面白そうな漫画だ、と思ったけれど、それ以上に書店主の女性の語る言葉の奥にある熱のようなものに心を動かされた。その漫画は1800円位するしいい値段だけれど、僕はもう買おうと決めていた。
 その漫画が面白そうと思ったというよりは、その女性の熱に乗せられた感じだった。
「これ買います」
「ありがとうございます!」
 女性は本をしげしげ見ると、もっといい状態の本があると思う、と言って、書棚にある別の本と交換して渡してくれた。悪い状態の本を手に取って買おうとしているのだからそのままにしておけばいいのに。

 その後盛岡の有名書店ブックナードの早坂さんと、東京の駒沢にある書店スノウショベリング中村さんのトークイベントがあり参加した。

 興味深い会話ばかりだったけれど、一番記憶に残ったのは早坂さんが言ったこんな言葉だ。

「格好いい言葉で言うと、僕がやっているのは思い出を乗せる、みたいなこと」

 ちゃんと覚えてはいないので正確ではないけれど、早坂さんが言ったのはこんな感じのこと。

 本を買うとき、何の本を買うかと同時に、それをどこで買ったかも大事。本をブックナードで買うとき、その本をブックナードで買った、ということも意味を持つ。

 確かにそうなのだ。ブックナードは確かにそんな書店だ。本を買うときに書店主の早坂さんと交わされる言葉が、いつも記憶に残る。
 本というものは、その中身と同時に、それをどこでどんな風に買ったのかも大事なのだ。

 トークイベントの最後で、陸前高田の山猫堂で書店主をしていた女性が質問をした。彼女は売る側の人間だけれど、聞く側としてそのトークイベントに参加していたのだ。

「盛岡みたいな地方で書店をやることと、東京で書店をやることに違いがありますか?」
「いい質問ですね」と早坂さんは言った。確かにいい質問だった。
 その質問には彼女自身の切実な問題意識があったはずである。
 『かしこくて勇気ある子ども』という漫画本を紹介してくれたときの彼女のひたむきそうな眼差しを思い出した。
 東京でやったらブックナードは今とは違う形になっていると思う、みたいな感じで早坂さんは答えた。

 

買った本たち


漫画と手紙小説

 本と商店街のイベントで買った本にはみんな思い出が乗っかっている。作者との会話、Tシャツを褒められたこと、出版社の名前の理由、その時話した相手の佇まい、眼差し。熱のこもった口調。

 思い出の乗った買い物は楽しい。大事にしたいと思う。4冊と手紙小説ひとつ、思っていたよりもたくさん買ってしまったけれど、無駄遣いをしたとはちっとも思わなかった。むしろ豊かな買い物をしたと思った。

 これからはこんな思い出の乗った買い物を増やしたい。そして、自分がものを売るときもできることなら思い出を乗っけたい。
 そうすることがきっと世界を豊かにするはず。

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