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自分に嘘は付きたくない/短編小説

夕焼けに背を向けながら堤防を歩く。ダムが目の前にあるこの田舎で、あずさちゃんと登下校を6年間繰り返した。今日はその最後の日。そして、私はあずさちゃんへの想いも今日で最後にすると決めていた。

私は中学校へは市立ではなく、私立へ行く。この事は学校の先生しか言っておらず、友達はみんな「また、中学校の入学式で」と口を揃えた。
言っておいた方が良かったかもな、けど寂しいからな。
その感情がぐるぐると脳内をまわり、結局伝えずに卒業式を終えた。なにより、私はあずさちゃんにお別れを言っていない。

別に学校が違うだけで、地元が変わるわけでは無い。けれど、私は片道75分かかる遠い学校へ行くから、きっと今の友達とは遊べず、そして寄り道してから帰るという概念すら、きっと見ている世界が変わるのだろう。



あれから、5年が経ったころ、私は一人の男性と付き合った。
共学の高校生ということもあり、恋愛をしていないと周りの目が痛かったからだ。
私は別に好きでも嫌いでも、近くも遠くもない友人から告白され、良いように使った。



もしかしたら、ちゃんと異性を好きになれるかも知れない。

そう願って。



けれど、あれから3年が経った今、相変わらず私は拗らせている。
彼と別れた後、私の望みは届かず次の恋へは発展しなかった。
周りから置いて行かれるかと思いきや、1度誰かとお付き合いをしたからか、周りは咎めてくることは無かった。
けれど大学に進学しても、誰かと付き合うことは無かった。




自分の気持ちに、いつも嘘を付いていた。


好きな人は居た。少なからず、居た。けれど、それは男性ではない。同性の女性が私の恋愛対象だった。

この気持ちはきっと違う。
これは間違いで、これは良くない事。
親を悲しませることになる。
嘘を付かないといけない。
会いたい気持ちや、恋しさや、もどかしさや、抱きしめたいと思う気持ち。それは全て、隠しておかなければ、私は生きていけない。

ずっとそう思っているが、そう思うたびで思い出すのは、あずさちゃんの言葉だった。



「奏ちゃん、あずさのこと好きでしょ?」

たった12歳。小学6年生の卒業式間近で、彼女は私を見抜いてきた。中高大の友達には気づかれなかったが、気づかれてしまったこの恋心。いや、もしかしたら、この事件があったから嘘が上手くなっていっただけかも知れない。

「うん、好き」
「やっぱりね」
「なんで・・・分かったの?」
「だって奏ちゃん、あずさのこといつも優しく見てくれるもの」


12歳の女子がまるで、恋愛マスターかの様に見え驚いたが、嬉しかった。気づいてくれる女の子が居て、嫌がられていない。

「あ、でも。私は琢也くんが好きなんだ」

そう言われた時の顔なら今でもはっきり覚えている。
女の子が恋をしたらこんな顔をするのか、と人生で初めて体感した。悔しかった。悔しくてたまらなかった。



あれから8年。私は今日、地元で行われる成人式へ行く。
小学校の友人はSNS上で顔なじみなだけで、正直どんな奴らが居たかは覚えていない。結婚している子が多いかもしれないし、地方に行って来れない子も多いかもしれない。けど、それが誰かはきっと全く分からないだろう。
私の事も覚えていないだろう。さっさと切り上げて、この重たい、着たくなかった振袖とやらを脱ぎ捨てたい。


でも、どこかで、あずさちゃんに出会えたら。

その淡い期待を持っていた。もし会えたら、どうしようか。話しかける事は無いけど、けど私の初恋の相手だから遠くからでも見てみたい。見ていたい。

きっと、可愛い。きっと、彼氏がいるか結婚しているか。きっと・・・。



これが終われば私は、自分の気持ちに嘘を付く人生を止めよう。
もう、周りの目を気にする年頃は終えたし、私だって好きな子との時間を過ごしたい。その好きな子が振り向いてくれれば、の話だけど。
そう覚悟を決めて、昔毎日通っていた堤防の道を、親の車に乗って向かった。



「奏ちゃん」

そう呼ばれて振り返ったところに彼女がいた。8年会っていなくても分かる。この目だ。この柔らかい目。これが好きだった。

「奏ちゃん、私、謝らないといけないことがあって。それで、もし良かったら今度ごはん行かない?」



そう言われてからは、いまいち記憶が思い出せない。
数人で写真を撮ったり、SNSを拡散したりしたが、いつの間にか家に居た。
「来週の土曜日、あの堤防で」というLINEが届いていた。




「久しぶりだね」
そう言われて、頷く。相変わらずの早口は治っていなかったが、成人式の時に長かった髪は肩あたりまで短くなっていた。
なんだろう、雰囲気が私に似ている。

でも、なんだろうか、私に謝りたい事というのは。そう思いながらも、たわいない話を繰り返して、堤防をゆっくり、懐かしむように歩いた。

「ここで私、奏ちゃんに・・・その、私の事好きか聞いたよね」
フフッと笑いそうになったがこらえる。
私からしたらいい思い出の一つなだけだし、なにより、あずさちゃんが第一人称を私と言っている事が面白かった。

「そうだったね」

「それでね、その。私ね、嘘を付いていたの。琢也君が好きだって言ったでしょう?あれね、嘘なの」

え?

いや、あれは、あの顔は恋する乙女の顔だったに違いない。

「あたしも奏ちゃんのことずっと好きだったの。だから気づいたの。だから言えなかったの。だってあの時は小学生で、きっと恋じゃないって思っていたもの」


え?

「それで、奏ちゃん遠いところに行っちゃうんだもん。何も言わずに。連絡先も分からないし、家に行ってもいつも居ないし。嘘ついたこと謝りたかったのに」 

え・・・?

いや、待て。そんな訳が無い。だって、こんなに可愛くて、こんなに素直で、こんなに・・・。

「ねぇ、奏ちゃん。私の事もう忘れちゃった?」

「いや、そ、そんなことないよ。けど、え?ちょっと理解できていないんだけど?」

そっか、そう言いながら彼女は大きく息を吸った。


「私、バイセクシャルなの」

え?バイ?

「え、バイ?」

「そう、バイ。いわゆる男の子も女の子も好きになれるってやつらしい。私は、ずっとそれ。
っていうのに気づいたのが、小学校6年生になる時で、私は琢也君も奏ちゃんも好きになったの」

彼女は続ける。 

「それで、中学校に進学しても高校に行っても、今の大学に行っても、ずーと奏ちゃんのことを忘れれずに、まぁ適当に男の子とお付き合いはしたけど、けど、奏ちゃんのこと忘れられなかったの、会いたかったの」


そう言われて、私もはっきりした。確かに、彼女は私を見るときの目は、他の女子に向ける目と違っていた。

え、けど、え? 

「私、今LGBTについての勉強を進めていて、就職は日本じゃなくて、そういうのを法律的に認めてくれるところに行こうと思っているの。
日本は関心が薄いから、そういうのに対して。
だから、その前にどうしても謝っておきたかったし、もし良かったら、もう一度友達からでも良いから距離を縮めてくれたら嬉し・・いの、だけど・・・?」


混乱し過ぎてしまった私の脳に、明確に残ったのは、私も海外へ行きたいという事だけだった。

あの日以来、彼女は、彼女も自分の性に苦しんで、でも周りと共存して、でも自分に正直になりたくて。
だから、自分の生ける国に自ら行くのか。私はそんな考えは一度もしたことが無かった。

あんなに天真爛漫で、なにも考えていなかった女の子が今、過去の自分と未来の自分の幸せを考えて、前に向かっている。

可愛いだけじゃない。
生きている、自分の人生を。


私も、自分の道を自分で決めて、
自分の力で歩きたい。





その半年後、私たちは付き合う事になった。

まわりから、特に自分たちより目上の人からは咎められたし、嫌な顔をよくされた。
ただ、自分たちの両親だけは、母だけは、理解してくれた。

私はバイセクシャルの事も調べ、勿論自分たちの行く国の情勢も調べ、語学の勉強も重ねた。


海外で、2人で、生きていく。
この覚悟を持って。






チョコレートに牛乳




いつか、過去に戻れることがあったら、あの時の自分に言ってやりたい。

「僕の未来、思っている以上に世界が広がる幸せな未来になるぞ」と。


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