永遠の我々①
《運命の選別》
我々は緩やかな坂を転がり落ち、長い時間をかけて、それぞれの定位置に収まった。
どれほど多くのものらと一緒に転がったかわからないが、周囲のものらは「我々」と呼ぶしかない同様な形だ。一面に広がる水平な床はマス目状になっていて、若干凹んでいるため、丸っこい我々は、それぞれの窪みに収まり、それぞれの傾きを保って静止していた。
何か連帯感めいたものがあり、誰かひとりの失敗が周囲を巻き込むような恐れもあった。しばらくじっとしていたが、何かを待っていることに飽きてきた。暗闇の中で、ときどき遠くから発せられる黄色い光線があり、表面を照らされたときに何かを調べられているような気がした。
冷たい闇の中で、遠くの列にいるマス目が赤く光り、ピッ!という高音がした。離れていたため様子がわからなかったが、仲間たちの驚きと恐れが伝わってきて、誰かが床下に落ちたことが分かった。
しばらくして、別の列からも鋭い電子音がして、仲間たちの戦慄が伝わり、また一つの個体が落ちていった。
ゲーム中のゾンビのように扱われている気がしていた。ランダムな順番に我々は落とされ、落ちた周囲では次は自分かという恐怖が引き起こされた。
落下すれば我々のような脆い体は歪んで崩れ、飛散することも考えられた。しかし、開いた床はすぐに閉じられ、落ちたものらがどうなったかは知ることができなかった。
しばらく静寂が続き、キュンという短い機械音がして、同じようなマス目が刻まれている天井の一部が青く光り、少し離れた個体が一瞬のうちに天井に飲み込まれていった。
周囲はざわめき、驚きの波長が押し寄せ、身が震えた。今度は何があったのか、
***
我々が何体存在しているのかわからなかった。百万体いるのか一万体ほどなのか。ただ、周囲から伝わる感覚の連鎖から千体以上あるのは確実だった。数の規模は自分の順番を予想する上で重要だった。
赤い光とともに床下に落ち、青い光とともに天井に飲み込まれ、それが起きる間隔が徐々に短くなっていった。
おそらく、我々を照らした光線で、それぞれの何らかの状態が計測され、各個体が選別されているに違いなかった。
皆が一緒の運命を辿るわけにはいかなかった。私は上がいいのか下がいいのか。我々という意識の流れの中で、ときどき、私=自分という区別が芽生えてきた。
二つ離れた列の個体が床に落ちたときの音と光に驚いた。隣の恐怖が伝播した。その影が見えていた彼の姿はこの水平面から存在しなくなってしまった。
斜め向こうでこわばっているものらの様子が見えた。こんなにも近くで同様な事件が起きてしまい、背中が凍り付いた。
私は前後左右の個体と意識の中で結びつき合っていた。お互いに落ちまい、お互いに上るまい、お互いに動かずにじっと気持ちの手を握りあっていた。
だいぶ間引きされた列もあったろう。
ただ、我々は幸運なことに、ここに、今現在、塊になって生きていた。
***
眼を閉じて、じっとしていた。近くの光も見ず、近くの音も聞かないようにした。兄弟なのかもしれない同じような姿の我々は、スクラムを組んでゲームの対象にならないように抵抗していた。
強く青い光が閃き、透明な筒がサッと降りて、左隣の個体が吸い上げられた。そして彼がいなくなると同時に天井のマス目に一瞬開いた扉も閉まった。キュンという音は筒が上下する音だった。
周囲とのスクラムが何の抵抗にもならず、彼は自然の法則かのごとく上方に選別されたのだ。それは何で決まるのか。落ちたものと上るもの。こうした運命を左右する基準は何なのか。どちらがどうなるのか知らないが、どちらかの運命に従えば、生きながらえるのだろうか。
しかし、そもそも我々は生きているといえるのか。ここに転がり集まり、整列させられ、てんで勝手に上下にいなくなり、いなくなるたびに周囲は怖がり、怖がる隣を怖がり、それが伝播して皆で怖がり、それでも誰かがいなくなるという現象が続き、我々などという連帯は打ち砕かれ、隣同士という関係も瞬時に断ち切られ、ついには自分だけが生き延びればいいと思いが強くなっていく。
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