ベストセラーコードは物語を均一化させるのか。それとも発酵させるのか。
だいたい1カ月も前に読み終わったというのに、いまだその興奮から覚めていない。会社のデスクの置かれた『ベストセラーコード』には、他の本よりも多く付箋が貼ってある。それに端がよれている。はやくこれを実践してみせろよ、と言われているかのようで、胸がそわそわする。
この本が特異なのは、この"1冊だけ"がおもしろいわけではないことだ。もちろん、この本自体はとてもおもしろい。だが、この1冊を読むことによって、また別の1冊に、本棚に並べられた本に、インターネット上で出会う文章に、あたらしい感動と、いつもと違う視点を与えるのだ。まるで世界が広がったような気持ちになるのだ。
『ベストセラーコード』は、機械学習とテキストマイニングによって、売れる「物語」に法則性を見つけ出そうとする刺激的な一冊だ。ベストセラーはなぜベストセラーになるのか。大量の物語を解析し、「売れる」要素を明らかにしていく。物語がデータによって分解されていくのだ。
正直言ってしまえば、作者の感性や創造性といった「なにか」によって文芸作品は作られ、売れる法則なんてないと思っていた。機械なんかにわかってたまるかとも思っていた。だが、実際に売れる要素は存在したのだ。だから、読み進めていくうちに明らかになっていく「ベストセラーのDNA」に、あたまを大きく揺さぶられた。発見とおどろきの連続だった。
書き手、作り手には大きなヒントを与える。そして、ひとりの本を楽しむ人には「おもしろかった」という感動を別の言葉で説明してくれる。人が求めていたものを炙り出す。だから、この一冊が、本棚にある本やたくさんの文章の楽しみ方を増幅すると思うのだ。
ただ、「ベストセラーコード」がわかってしまうと、同じような作品が増え、同じような文章が作られるのではないか、という疑問も浮かぶ。そんなときに、ふと、まさに「DNA」、ぼくたちの細胞にあるDNAの存在と、発酵の過程を思い出した。
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生物は共通して、DNAという分子を保有している。アデニンとグアニンと、シトシンとチミン。たった4つの分子によってDNAが構成され、その並び順が生命の遺伝情報となる。ぼくも、あなたも、あの人も、最近鳴きはじめた蝉も、手のひらの上にたくさんいる微生物たちも、みんなみんな同じDNAを持っている。それにもかかわらず、こんなにも生命は多様なのだ。
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発酵はまさに経験と伝統の世界だった。微生物の発見と、科学的、工学的な手法によって、発酵の要素が明らかになった。美味しいお酒をつくるには、どの生物種がよいのか、どの原料がどれだけ必要か、どの温度が適切か、どれくらい撹拌が必要か。
いくつもの選択できる要素があることがわかっているから、いろんなお酒をつくることができる。
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そんなことを考えていると、"なにでできているかを知ることは、それを選べる、という自由が与えられたという意味でもある。"と、知人に聞いた言葉を思い出した。
この言葉を借りれば、『ベストセラーコード』によって、人を動かす物語の要素を知ることができる。ただそれは、書き手に均一性を与えるのではなく、選択できるという自由を与える、ということだ。自分の表現したいもの、伝えたいことを、技術によって拡大できるということだ。 だから、いまよりももっと多様で、もっとおもしろいと感じるものが生まれる可能性の方が高い気がする。発酵していく気がするのだ。
そしてこれから、人工知能を使うことは身近になっていくだろう。そのとき人工知能が文章を作るというより、人工知能と一緒にものを書いていく、というようになっていくのではないだろうか。(そのとき、作り手はどうなるのかな…)
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その世界の前に、ぼく自身は、これをつかって、何かできないものかといろいろ妄想している。妄想しているから、会社のデスクの置かれた『ベストセラーコード』を見るたびに、ソワソワするのだ。
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