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人生の大半を○○として過ごすなんて耐えられない ~星の王子さまを読み終わったあとの人たちへ~ ⑮

6番目に見つけた無料動画のチャンネルには、お姫さまがすんでいる家より10倍大きな庭があった。
そこには、ひどく大きな本を書いているおばあさんが一人住んでいた。
「これはこれは!探検家が来たわね!」
小さな虫や鳥や気ままな猫を見つけると、おばあさんは大声でそう言った。

おばあさんは机の前の椅子に腰かけ、時折大きな息をついた。もう、ずいぶんこの家で暮らしてきたものだ!
「あなたたちはどこから来たの?」
おばあさんが言った。おばあさんの分厚い本には、いつの間にか小さな虫がとりついていた。
「ここで何をしているんだろう?」
お姫さまは画面に向かってたずねた。
「彼女は、造園家(ガーデンプランナー)なのよ」
私は答えた。
「造園家って、なに?」
「海や川や街、それに山や砂漠がどこにあるのか考えて自分の世界を庭につくる人のことよ」
「わあ、おもしろそう」とお姫さま。「これこそ、本当の仕事って感じだ」そうして画面をじっと見つめた。
こんなに堂々とした庭は、見たことがなかった。
「立派な庭だな。この庭のどこに海があるんだろう」
「わからないわね」
お姫さまの疑問に答えるみたいに、おばあさんが言った。
「なあんだ!(お姫さまは答えがわからずがっかりした)じゃあ山は」
「山はいつも後ろにある」
「じゃあ街や、川や砂漠は?」
「それは、わからんな」とおばあさん。
「でも、あなたが作った庭なんでしょう?」
「ここは私のつくった世界なの。だけどわたしは探検家ではない。世界には探検家の数が、まったくもって不足しておる。街や川や、山や海や、もっと大きな海洋や、砂漠を数えるのは、この庭にいてはできない。庭仕事は重要だから、ぶらぶら出かけるわけにはいかないのよ。ずっと庭にいて、誰かが来れば会う。いろいろ質問して、そのひとたちの話を書き留めておく。そうしてそのうちのどれかに興味をひかれたら、その人がしっかりした人かどうか考える」
「どうしてそんなことを?」
「その人が嘘つきだと、その人の話をもとにつくったわたしの庭がウソになってしまうから。大酒飲みの人の話は、要注意」
「どうして?」とお姫さま。
「酔っぱらいは、物が二重に見えるからね。そうしたらわたしは、ほんとうは一つしかない山がいらないところに、二つ作ってしまうだろう」
造園家は記録台帳を開くと、えんぴつをけずった。聞いた人の話は、まずえんぴつで書いておくのだ。そうして、証拠が集まると、インクで清書する。
「それで」
自分以外の人のいない庭で、造園家はたずねる。
「ああ、わたしのところなら」お姫さまは言った。
「わたしの住んでいることろは大したことはないわ。山がたくさん見えて、死火山がどこかにある。よく雨が降るから、用心にこしたことはないわ」
「造園家は、花のことしか書かないのよ」私は言った。
「どうしてなの?花はいつも咲いていないのに」
「花ははかないからだよ」
「『はかない』って、どういうこと?」
「庭づくりというものは」と造園家はノートに書いた。
「あらゆる活動の中で、もっともふたしかなものなのだ。山が場所を変えることなどない。海洋がからになることなどめったにない。庭作りは永遠に変わらないものを作ろうとしながら、決してそうすることができないものなのよ」
「でも、死んだと思っていたものがまた目を覚ますこともあるでしょう?」お姫さまが割って入った。「『はかない』って、どういうこと?」
「花が咲いていようと蕾んでいようと私にとっては本当はどうでもよいの」
造園家は言った。
「世界にとってたいせつなのは、山そのものというわけだ。山は変わらないからね」
「で、『はかない』ってどういうこと?」一度質問したらけっしてあきらめない猫のお姫さまが、くり返した。
「『ほどなく消えるおそれがある』ということだ」
「わたしたちは、ほどなく消えるおそれがあるの?」
「そうとも」
〈わたしは、はかないんだ〉お姫さまは思った。〈世界から身を守るのに、ちょっと鋭い爪と牙しか持っていない。それなのに、わたしはこの家でたった一匹の猫でいる〉
このときはじめて、お姫さまに痛いような思いがわきあがってきた。
けれどすぐに、気持ちを切りかえた。
「次はどのチャンネルの動画を見ようかな」お姫さまは言った。
「世界中を見て回りたい」造園家は言った。
「このチャンネルはなかなか面白いと評判だ」
そこでお姫さまは、庭の花を思いながら、あくびをした。

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マガジンが増えて収拾がつかず、普段の日記と区別するために有料にすることにしました。 素人短編を書いていこうと思います。内容の保証はできませ…

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