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ショートショート:だから、撮影現場で火を消すのに消火器は禁止!

「あああ!!!!熱い熱い!!!!誰か火を消してくれ!!!」
 平田がもがき苦しむように部屋を歩き回る。断末魔の声を上げながら、平田は地面に突っ伏す。それからも地面をのたうち回る。石崎はその様子を見ていることしかできない。
「カット!」
 監督の声が響き渡る。その声で平田はすっくと起き上がり、監督に向き直る。
「監督、今のどうでした?」
「そうだな。前よりはだいぶリアルになってるからオーケーだな。これで本番いこう。それじゃ、火の用意をしてくれ」
「あ、もう本番ですか?」
「ああ、ここで撮影できる時間があと30分しかないからな。そうだな、制作部?」
「はい、そうです。それでは操演部の方、火をお願いします」
 石崎が操演部の山田に声をかける。山田がバーナーを持ち、仲間を引き連れ、現場に足を踏み入れる。石崎に田原が近づく。
「おい、消火器の準備はできてるんだろうな?」
「はい、大丈夫です・・・!」
「火の用意ができました!」
 山田が声を上げる。
「よし、それじゃあ、行くぞ!よ~い!アクション!」
 バーナーから火が勢いよく出る。
「うお!」
 石崎が思わず、のけぞる。
「あああ!!!!熱い熱い!!!!誰か火を消してくれ!!!」
 平田がもがき苦しみ始める。全員が固唾を呑んで見守る。石崎の額に汗がにじむ。
「ひ、火が体に!!熱い熱い!だ、誰か助けてくれ!!!」
 気づけば、火が平田の服についている。石崎は思わず消火器に目をやる。
「も、もう行った方がいいですか?」
 田原の方に向き直るが田原がいない。誰も平田の火を消そうとする者はいない。
「し、死ぬ!!!だ、誰か火を消してくれ!!!ほ、本当に頼む・・・!」
 平田のもとに石崎は消火器を持って走り出す。そして、消火器を平田に向けて放つ。白い粉末が周りに飛び散り、火は消える。全員が騒然と石崎を見つめる。
「オマエ、何やってんだ?」
 田原がやってくる。
「何って・・・消火を・・・」
「俳優さんに火がついてからが本番だって美打ちの時に言ってたろ!」
「あ・・・」
 田原の足が石崎に飛ぶ。
「うげえ・・!」
 石崎が呻く。
「そして!なんだこれは!?」
 田原が消火器を手に取る。
「何って・・・消火器です・・・」
「なんで粉末型の消火器を買ってきてんだよ!見ろ!」
 田原が石崎の後ろを指す。振り返ると粉だらけになったセットが石崎の前に広がっていた。
「分かったら、さっさと掃除しろ!」
 田原が消火器を振り上げる。
「はい、すいませんすいません!」
 石崎が立ち上がると突然、天井から水が降ってくる。見上げると天井のスプリンクラーが目に入る。
「オマエ、火災報知器をビニールで覆ってなかったな・・・?」
 田原が静かに呟く。
「はい・・・」
 石崎が答える。スプリンクラーの水が切れる。現場はバケツをひっくり返したかのようにずぶぬれである。
「テメ―どうしてくれんだよ!カメラがビショビショじゃねぇか!」
「衣装だって、そうよ!これの調達にどれだけの時間がかかったと思ってるの!?」
「小道具だって、一から作り直さないと・・・」
 スタッフが石崎に向かって言葉を浴びせる。
「すいません。すいません・・・!」
 石崎は頭を下げたまま謝罪した。
「石崎」
 監督が石崎を呼ぶ。
「分かってると思うが、オマエが責任を取れ」
「は、はい・・・」
「どう責任を取るつもりだ?」
「・・・」
「死んで詫びようなんて思うなよ、絶対に」
「は、はい・・・」
「じゃあ、どう責任を取るつもりだ?」
「わ、私の給料で機材やセットなどを弁償します」
「それよりもまずは消火器の粉を片付けろ」
「は、はい・・・!」
 石崎は現場へ飛んでいき、消火器粉末を集め始める。粉末は水を含んで大きくなり、なかなか集めづらい。
「おい、みんな、とりあえず今日の撮影はここまででだ。今後の処置についてはまた連絡する。悪いな」
 監督の声を背中で聞きながら石崎はせっせと粉を集める。手が一杯になったので、ビニール袋が必要なことに気づく。すると目の前にビニール袋が差し出される。手の主は平田だった。
「ありがとうございました。おかげで命拾いしましたよ」
 平田は懐からもう一つビニール袋を取りだし、せっせと粉を袋に入れていく。
「何の話ですか?」
「さっきのリアクション、マジだったんです。本当に火が熱くて死にそうだったんです」
「そうだったんですね・・・それでも、僕は本当にとんでもないことをしてしまいました」
「なんか僕の命を軽く見てます?」
「あ、いや、そんなつもりじゃなくて・・・!」
 焦る石崎を平田は笑う。
「命ある限り、やり直せます。ありがとうございました。僕にできることはなんでもしますんで」
「なんでも?」
 石崎が繰り返す。
「そういえば、平田さんが所属されてる事務所ってあの有名なジャガーズでしたよね?」
「はい、そうですよ」
「でしたら・・・」
「無理です」
 石崎がガックリと肩を落とす。

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