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【アカデミー賞】『ブルータリスト』新進気鋭の天才監督が描く、アメリカンドリームに裏切られたユダヤ人建築家の人生。

はじめに

もうすぐアカデミー賞の季節である。授賞式が3月2日に迫った今、予習としてアカデミー賞最多ノミネート作を観に行った。

それが本作、『ブルータリスト』というアメリカ映画だ。本作は、アカデミー賞作品賞、監督賞含む10部門ノミネート。すでに、ゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞、ベネチア国際映画祭では銀獅子賞を受賞している。
本作、上映時間が215分でホロコーストを生き延びてアメリカへと渡ったユダヤ人建築家の30年にわたる人生を3時間半かけて描く。

物語

第2次世界大戦中、ハンガリー系のユダヤ人の建築家のラースロウトート(エイドリアン・ブロディ)は、ホロコーストを生き延びたが、妻と姪と離れ離れになり、一人アメリカの従兄弟に頼っていくが、従兄弟に裏切られる。そして、アメリカという存在そのものに裏切られていく。そして建築家でありながら土木作業員をして生計を立てるようになる。

そこにハリソン・ヴァンビューレン(ガイピアース)という大金持ちが、パトロンとして主人公を援助する。その人があらゆる設備を備えたコミュニティーセンターという名の礼拝堂の設計と建築を依頼するが、アメリカの資本主義システムというものが、そういう資本主義的な考え方の人間というものが、どんどん主人公のアーティスティックな部分というのを邪魔して、主人公の心をどんどん削り落としていく。アメリカンドリームやアメリカ社会にというものは何かという悲劇の話である。

子役出身の新進気鋭の天才監督ブラディ・コーベット

本作の監督は、ブラディ・コーベットというまだ36歳のアメリカの俳優出身の新進気鋭の監督。
彼は、処女作『シークレットオブモンスター』から評価されている監督。『シークレットオブモンスター』は、将来ヒトラーのような独裁者になる少年の物語。独裁者へだんだん変貌していくという過程を描く映画。

本作は、ブラディ・コーベット監督の自伝的な映画である。建築現場は映画の撮影現場のようだ。アメリカの光と影を描きながら、クリエイティブな苦悩を自己投影しながら描いた。

俳優の中には、すごく監督の才能がある人が多く、頭の中に絵が見えてさえいれば自分で芝居やっているので、芝居のことを考えられる。お芝居の全体が見えている人は頭に絵が見えれば監督はできる。

今、職業監督が枯渇してる中で、どんどん俳優からすごい監督が出てるというのは、一つの現象としてあるかもしれないと思う。ブラッドリー・クーパーやグレタ・ガーウィックなども俳優出身でものすごく監督の才能あってブラドリー・クーパーは今スピルバーグが認めた才能と言われている人も俳優出身から出ている。

演出とストーリーティング

本作は、主人公がが何を悩んでいるのか、それを取り巻く人物たちがどういう欲望を抱えているのかどうかが綺麗に見えていくから、映像表現としてもすごい。

セリフが少ない。そこに葛藤とか確執とか、その人は懸命に生きようとするから、その姿を見せていく。淡々と見せていくだけで、その人が何に悩んでいて、どういう風に生きているのかというのが明確にわかるようになっているので、それはもうその役者さんの芝居がすごいというのと、監督の舵の切り方もあいまってすごく面白い。

冒頭、主人公が実は歩いているところを、ドキュメンタリーのような、望遠レンズで、ぶれながら追っていく。その時に、「この映画面白いな」と思うのだけれど、そしたら何かカメラが一回空を映して、自由の女神が逆さになっているのが映る。

船で移民たちがアメリカへ行こうとして、ニューヨークへ渡った。自由の女神だというシーン。しかし、その自由の女神が今回の映画は逆さになっている。カメラで。ということは、今回の作品はアメリカンドリームのウソというのを描いていくんだよというのを最初から象徴的に描いている。そこでテーマソングがちゃんと流れるというところが、衝撃で、最初から面白かった。

主人公は、巨大な十字架の異様な形をした建築物を丘の上に建てていく。すごく異様な形の建築物を建てていく。その様子もすごい。タイトルのブルータリストというのはブルータリズムという建築様式で、装飾よりも建築物の構造そのものを見せる。彼のそうした芸術としての建築の考え方が、アメリカの合理主義とは合わずに、建築現場でも対立することになる。雇い主は、主人公を支配し、妻も束縛する。主人公は次第に追い詰められていく。登場人物たちは闇を抱えているがそのようには見せない。それらが群像劇と一人称を行き来する形で描かれるのだ。

俳優陣の名演

役者がやはりよかった。主演がエイドリアンブロディという人で、この人は『戦場のピアニスト』で1世を風靡した人。それもホロコーストの映画で、ポーランドのワルシャワでピアニストとして戦場で弾いていた人の話だから今回もまたかと思った。エイドリアンブロディはそういう役ばかりで心配したが、その建築家にしか見えないがエイドリアンブロディその人に乗り移ったような感じですごかった。
フェリシティジョーンズは、『ローグワン スターウォーズストーリー』に出ていた人。とても突き抜けた演技で、こんな女優さんだったかなというくらい素晴らしい演技だった。アカデミー賞助演女優賞にノミネートされているので受賞してほしい。主人公を手助けしながらも支配していくガイピアースもよかった。

撮影について

主人公の内面と人間性をずっと追っていくのでアート系なのかと思いきや、様々なバラエティーのある絵を撮っていて、3時間半の上映時間を飽きさせない。こういう表現方法もあるのかと思ったが、それは意図的なものだ。

例えば人物の顔が大写しになるカットもあれば、風景とか全体も全体の概要がわかるような絵もあったり、ドン引きもあったり、すごくバリエーションのある絵で構成されているところがすごく評価できると思った。

1貫したスタイルにこだわって3時間半やるという点もあったと思うが、そうすると多分マンネリになるし、あまりそういうことをやりたくなかったのではないだろうか。おそらく『オッペンハイマー』のようなすごく狭い世界になってしまう。

音楽

メインテーマが明確に設定されながらも多様性のある音楽で構成されている。即興音楽家を大量に雇い、即興演奏をノイズとしての効果で演奏させている。そういう音楽もありながら、シンセのテクノ系の何か音楽が鳴ってきたり、音楽自体も撮影同様、一つのスタイルにこだわらずに、一人称と群像劇を両立させるために、多様性を重視している。

古典的なやり方で制作された王道の大型映画

本作は、昔の大型映画のように休憩がある。15分間インターミッションがあるんです。その間、音楽が鳴っている。要するに『ベンハー』や『アラビアのロレンス』のような感じで、ちゃんと間に休憩がある。昔のハリウッドの大型映画で、この映画のちょうど時代になっているような時代に制作されたような映画のやり方で制作されている。

まだスピルバーグが出る前の大型映画。そういう昔の大型映画にオマージュを捧げた。その撮影の仕方自体も、ビスタビジョンと言われる35ミリフィルムを横使いして、IMAXみたいな横使いした大型映画で、普通の35ミリフィルムよりも、高画質で撮影されている。

アカデミー賞受賞を願って

近年のアカデミー賞は、多様性を重視していて、女性監督やフェミニズム、民族的な多様性、ジェンダーなど、そういう多様性に目を向けて受賞させて、アカデミー賞も成長してるところを多くアピールしてることが多い。

改めて本作のような王道のアメリカ映画を受賞させるのは意味があると思うし、意味でもユダヤ人とアメリカ人とやっぱり切っても切れないからいいんじゃないかなとは思うが、やっぱりちょっと古典的な映画だから同業者からは評判が悪いかもしれない。

ハリウッドの作風が新しい新しいという方向になっている昨今、こういうお堅い作風のものを、しかも36歳の若い監督が本気で作っているというところが評価に値するから、トランプ政権下のアメリカが、本作のようなアメリカの複雑さを描いた作品をアカデミー賞を受賞させることは意味はある。本作がアカデミー賞、作品賞監督賞をはじめ、主要部門を総なめすることを願う。

演出☆☆☆☆☆
映像☆☆☆☆☆
物語☆☆☆☆☆
テーマ☆☆☆☆☆

100点

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