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普通の不登校(精神科医はそんなに役に立たない)

 「不登校は問題行動ではない」の記事の反響が大きかったので、しばらく不登校をテーマにしてこれまでの臨床経験から得られたものをシリーズで記事にしていきたいと思います。

 今回は「普通の不登校」について考えてみたいと思います。すこし長い文章になっていますが、とても大事なポイントなので、お付き合いください。

 ここでいう「普通の不登校」とは、不登校の背景に、これまで書いてきたような「自閉スペクトラム症の不登校」や「ADHDの不登校」、「学習症の不登校」や「不安障害の不登校」といった特性や精神疾患が関与していない、あるいは、あったとしてもその特性でこれまで常に困っている状態にはなかった、普通の発達過程(専門的には「定型発達」といいます)にあるこどもの不登校です。

令和4年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果

 上記のグラフは毎年集計されている、1,000人あたりの不登校児の人数です。令和2年2月末からのコロナによる一斉休校の影響もあり、令和3年は異常ともいえる伸び率で不登校が増えましたが、ある程度コロナの影響が落ち着いてきた令和4年もその伸び率は衰えることなく、さらに不登校のこどもが増えています。1,000人あたりの不登校のこどもの数は、小学校では17.0人ですが、中学校では59.8人で、中学生の不登校が非常に目立ちます。

 これだけたくさんのこどもが不登校になっているので、やはり「不登校」という状態が全て何らかの「病気の症状」であることは考えにくいです。実際に「不登校は問題行動ではない」にも書いたように、そもそも「問題行動ですらない」と、文部科学省も以下のような文書を出しています。

【平成28年9月14日 不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)】 『不登校とは、多様な要因・背景により、結果として不登校状態になっているということであり、その行為を「問題行動」と判断してはならない。不登校児童生徒が悪いという根強い偏見を払拭し、学校・家庭・社会が不登校児童生徒に寄り添い共感的理解と受容の姿勢を持つことが、児童生徒の自己肯定感を高めるためにも重要であり、周囲の大人との信頼関係を構築していく過程が社会性や人間性の伸長につながり、結果として児童生徒の社会的自立につながることが期待される。』

 つまり不登校を治すべき症状、あるいはすぐに改善すべき問題として捉えすぎないという姿勢が、大人には求められています。不登校になった背景にある問題を見極め、その問題がすぐに解決が難しいことであれば、不登校であることは、その子によってよい選択であることもあります。ただし学校に行けないことによって生じるデメリットを最小限に抑えられるように、周囲の大人は知恵をだして環境を整えねばならないでしょう。なぜなら、学校はこどもにとって社会そのもので、学習、対人関係、時間管理、事務管理、遊び、運動、部活、先生との関係、先輩後輩との関係、同級生との関係、建物や空間、登下校などなど、ほぼすべての要素が学校に集約されており、不登校になると全ての機会を一気に失ってしまうからです。だからといって、すぐに不登校を治そうとするより、別室登校、オンライン授業、ITツールの活用、クラブチーム、塾、個別指導教室、教育支援センター、放課後等デイサービス、オンラインゲームでの友達との交流など、それぞれの活動に応じた代替手段を考えることのほうが賢明でしょう。

 では不登校の背景にある問題とはなんでしょうか。これについても以下のように調査が行われています。

令和4年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果

調査結果によると、特に要因として割合が多かったのは以下の項目です
・本人に係る状況:「無気力、不安(51.8%)」
・学校に係る状況:「いじめをのぞく友人関係をめぐる問題(9.2%)」
・家庭に係る状況:「親子のかかわり方(7.4%)」
 ※いじめは0.2%と不登校の理由としては実は少ない

 これをみると、最終的には、「不安だから学校にいけない」ということがほとんどです。不安もどちらかというと原因というより何か不安になる要因があることに対する結果とも言えます。こどもが学校に不安を感じているかについては、「学校は楽しい?」と質問してみるとよくわかります。診察でもこの質問はよくしますが、「楽しい」と答える子は、だいたい問題なく学校に行けています。楽しくなくてもそこに行くことができるのは、給料をもらって仕事に行く大人だけで、楽しくないところに我慢していっているこどもの方が、不登校のこどもよりよっぽど心配です。逆に「楽しいし、行きたいのに行けない」と言っているこどもについては、何か病気があるのではないかと考えてあげる必要があります。

 では、不登校になった場合は、精神科を含めたお医者さんに受診する必要があるのでしょうか。これについては以下のような順番で考えてもらえるとよいのではないかと思っています。

1.身体の病気がないか
 不登校児はなんらかの体調不良(お腹が痛い、頭が痛い、朝が起きられない)を訴えることが多いです。実際になんらかの身体の病気があって、体調が悪く学校に行けないことはありうるため、一度は小児科を受診して身体の病気でないかどうかは診てもらうことが必要でしょう。特に、起立性調節障害と呼ばれる起床後の血圧がなかなか上がらず、眠気がとれない、体がだるい、めまいがする、頭痛がある、腹痛があるといった症状が表れるものがあります。成長期での発症が多く、水分や塩分の摂取が大切で、場合によっては血圧を上げる薬が有効なこともあります。先に書いたように「楽しいし、行きたいのに行けない」と言っているこどもや、他に学校に行きたくないような心理的要因がなければ、特に疑う必要があります。

2.精神の病気や障害ではないか
 1のように、身体の病気でないと確認できれば、不登校の背景にあるなんらかの精神的な課題を見極める必要があります。これまで不登校シリーズで書いてきたような、知的能力や社会性の問題、情緒や感情の問題、発達の問題などが、影響しているのかもしれません。ただ、こういったこどもの場合は、そのような特性による問題の兆しが、学校に行く前から見られていることが多いです。この場合は、私のクリニックのような児童精神科や発達障害を診ておられる小児科に受診し、診断を付けてもらうことによって利用できるサービスが広がったり、学校側にも診断がついていることを前提とした特性の理解に基づく合理的配慮をしてもらったり、個別支援計画を立ててもらったりすることができます。また、症状によっては、お薬での治療が効果的なこともあります。

3.通常のこどものこころの問題(心の葛藤)
 1でも2でもなく、普通の大人が話を聞いて、納得できるような特定の原因や背景がある場合、例えば、家庭環境が不安定、極端に先生との相性が悪い、友達との関係が上手く行っていない・いじめられている、などの問題がある場合、あまり精神科医は役に立たないかもしれません。スクールカウンセラーや行政の教育相談、あるいは心理士さんのカウンセリング施設など、医療機関よりも相談機関のほうが「ゆっくり」話を聞いてもらえることが多いからです。残念ながら、お医者さんや医療機関は、1や2の問題があるこどもの対応に忙しく、通常のこどものこころの悩みに時間をかけて親身に寄り添って一緒に考えてあげる余裕がないことが多いです。中にはそんなお医者さんもおられるかもしれませんが、それはその先生がいろんな無理をしている場合すらあります。医療機関やお医者さんがやってくれるのは、診断や大枠の見立てとマネジメントで、定型発達のこどもに長時間かけて、心を解きほぐす作業を行うことは難しいという現実があります。そのことは、お医者さんもきちんとこどもや親御さん、あるいは関係機関の方々に、もっとしっかりと伝えていく必要があると思っています。
 もう少し踏み込んだ話をすると、通常のこどものこころの悩みについて、学校の先生や親御さんが、その解決を求めて色々と医療機関を渡り歩いてしまうことは、その子にとっては傷つく体験になってしまうこともあり得ます。こども自身としては、普通に悩み、普通に不安になり、普通に学校にいけなくなっているだけなのに、周りの大人は「不登校を早く解決しなければならない」と焦り、それを「病気かもしれない」と考え、「自分を病気扱いして、医療でなんとかしてもらおうとしている、今のありのままの自分を受け入れてもらえていない」と感じてしまうかもしれません。そのような状態で医療機関を受診しても、多くのこどもは初めて見た、見知らぬお医者さんを警戒し、本当に悩んでいることや困っていることを話してくれることは少ないです。それだとお医者さんも理由はわからず、受診自体があまり意味のないものになってしまいかねません。こういった場合は「精神科医はそんなに役に立たない」のです。私も、初診では70分の時間をとって、できるだけこどもが無理なく話せるように診察を行っています。時間の許す限りその子のこころの状態を診立て、親御さんに説明します。ただ、再診時間は10分しかないので、こういったこどもにはあまり役に立ってあげることができず、その後のその子の支援は、ご家庭や学校、あるいは教育支援機関やカウンセラーの先生にお願いする方が良いことを案内しています。

 ただ難しいのは、1なのか2なのか3なのか、お医者さんでなければわかりにくいというところがあります。1かどうかについては、やはり小児科のお医者さんに見てもある必要があるでしょう。2かどうかについて、それを診てもらえるお医者さんはどこもいっぱいで、それを待っている間にこどもの貴重な時間が奪われてしまいます。例えば、学校などで心理士さんやこどもの発達支援を行っている支援員さんに相談することができるのであれば、まずは医療機関に受診するよりも、先にそちらで相談する方がよいです。心理士さんや発達に詳しい支援員さんは、ある程度、精神科にかかるべき症状や特性があるかについて見極めることができます。また、発達障害があるかどうかについては、私のクリニックでも使用している以下のようなチェックリストをつけてみるのもよいでしょう。

「学習・行動・対人関係等に関するチェックリスト」

 このチェックリストをつけてみて、ほとんど点数がつかないようであれば、発達障害である可能性は低いです。ただ、判断に迷った場合は、一度お医者さんに受診してみてもよいでしょう。

 大切なことは、親や親戚、学校の先生や塾の先生など、普段からのその子のことを知っている大人が、何に困っていて何が心配なのか、時間をかけてこどもによく聞いてあげることです。中学生くらいになると、親には素直に話しにくいので、学校や塾の先生の方が話しやすいこともあります。それでもすぐに困っていることや心配事の理由がわからない場合は、出来れば本人が伝えられるようになるまで待ってあげてください。専門家であるとはいえ、普段からその子を知らない精神科医は、こどもにとってはただの見知らぬ大人に過ぎません。そんな人に、自分のこころの苦しさを、素直に話すことは難しいです。不登校であっても、そうでなくても、やはり焦らずにありのままのその子の状態を落ち着いて受け入れてあげることが、何より大切です。

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