五輪選手を非難する人は、ストーカーの思考と似ている
スポーツは、自分がするのも・子どもたちに教えるのも・観戦するのも大好きな、体育会系保育士です。
パリオリンピックが終わってしまいましたね。淋しいです。
今回の五輪もたくさんの種目を観戦しました。代表選手の皆さん、本当にお疲れ様です。
私はスポーツや身体を動かすことが昔から大好きで、今もなおずっと継続しており、スポーツ指導の仕事にも長く就いていました。
競技経験から学んだことや身に付いたことは、本当にたくさんあります。現在の私の人格形成にも、大きく影響してきたはず。
今回の五輪はパリ開催で、時差はマイナス7時間。
庶民の私は、チケットを買って現地で生で応援できるほど上流階級でもなければ(そんなお金も休みもない)、深夜にリアルタイムでLIVE観戦するほどコアなファンでもない(仕事もあるし)。
それでも、興味のある種目をまめにチェックしたり、時間的に観られるものはできるだけ観る感じの観戦スタイルで楽しんでいました。
パリオリンピックでも様々な競技やアスリートを観て、色んな感想・考え・思いが生まれましたが、今回の記事で書くのは【観戦者】側のマナーについて。
ちょっと思うところがあったので、私見を勝手に書きます。
①選手のミスや負けを非難する人は、ストーカーの気質と似ている
近年で問題視されている、結果を出せなかった選手のミスや敗北・ふるまいに対する誹謗中傷について。
「あんな場面でサーブミスするなんて、代表辞めろ」
「もう引退してくれ」
「あいつがあの場面で決められなかったから、日本は負けたんだ」
「負けて泣き喚くなんて、みっともない」
SNS上では、心無い非難や叱責が多く見られたそうです。
これに対して、あくまで私の個人的な見解ですが。
「こんなに応援したのに、負けるなんて!」という思考は、観戦者側が勝手に抱いた期待を選手が裏切った、みたいな勘違い系の逆上じゃないの?
感情のままに腹いせ的な文句を書き込む人って、ストーカーの気質と同じだと思う。
要するに、
「俺はこんなにも愛しているのに、こんなに想っているのに、どうして俺の愛に応えないんだ!」って精神と同じに思えるんですよ。私には。
完全に一方的な思い込みであり、押しつけですよね。
選手からしたら、顔も名前も分からない全く知らん人に、あれこれ文句言われて非難されるワケです。めちゃくちゃ頑張ってきたのに。
マジで、アンタ誰なん?って話ですよ。
周りの期待に応えられなかった、一方的な愛を受け取らなかった、それって罪ですか?
国民の期待を背負って・重圧に耐えて・結果を出すことが、代表選手の義務ですか?それができなかったら、罪なんですか?責められて当然?
相手あってこそのスポーツなんだから、対戦国の代表選手だって同じことです。
応援や期待をするのは良いんです。私も、期待する種目こそ観戦しますし。
でも、ミスや敗北に対して責めるなんてことは絶対に、しません。
勘違いも甚だしい行為だと思います。結果論であとから物を言うのは簡単ですから。
選手たちは血の滲むような努力を長年積み重ね、人生や生活の大半をそのスポーツに捧げ、苦難や怪我も乗り越え、身体を鍛え上げ・技を磨き・国を背負って戦っているんです。実らないかもしれない努力を継続することは、本当に強い精神力が必要です。
文句ばかりタレる観戦者は、その努力の何分の1ぐらい実践できているのでしょうか。
ただの傍観者が、エアコンの効いた涼しい部屋からSNSで批判・叱責を書き込むなんて、オマエは一体何様なん?どんだけ偉いねん?
非難したアンタが試合やったら、勝ててたの? そんなわけあるかーーい!!
フェアプレー精神・スポーツマンシップ・平和の祭典・人権尊重。。。
4年に一度のオリンピックです。その意義を観戦者側も、心得るべきだと思います。
②憲法だとか権利だとか言う人は
日本国憲法には、表現の自由・言論の自由が保障されています。
つまり、誰でも個人の意見や考えを述べたり・発信したりする権利があるわけです。これは憲法上で保障された権利。
かくいう私も、このnote上に好き勝手に自分の考え等を書いて楽しんでいる一人ですから。
でも、表現・言論の自由を掲げて批判や非難までも正当化し発信する人って、相手側の人権のことを分かってないよね。
相手にも憲法によって保障された権利があるんです。基本的人権の尊重とか。プライバシーを侵害されない権利とか。名誉棄損も罪になります。
以前にも、こんな記事を書いたことがあります。↓↓↓
オリンピックの代表選手って、実名も顔も年齢も、出身地や競技歴等すべてを晒してテレビに映っているんです。
この時点で、匿名で書き込める傍観者とは、まったくフェアじゃないですよね。土俵が違う、次元が違う。
対岸の安全地帯から石を投げて攻撃してるのと同じ。卑怯な手だと思う。
私も「こんなことする人は~・こういうこと言う人は~」と、今、批判をしまくっていますが。でも、名指ししたり、個人を特定しての非難はしていません。(え?これこそ屁理屈??)
つまり、平和を大事にスポーツを楽しみましょう、ってことが言いたいのです。競技は戦いですけど、開始前には握手をして・礼をして、終われば健闘をたたえ合って・抱き合って・肩を組んだりするじゃない?
国を超えての友情が生まれる、素晴らしい大会なんですよ、オリンピックって。そゆことです。
③オリンピックは4年に一度の、平和の祭典ですよ
オリンピック憲章にも、
「人間の尊重と尊厳を保つことに重きをおく平和な社会の確立を~」
と書かれています。
私はここに、
「選手のミスや敗北に対して非難をすることなく、愛ある応援を~」
的な内容を追記すればいいんじゃないかしら、と思うのよね。
スポーツって、結果だけがすべてじゃないはず。
バレーボールの川合会長も、いいこと言ってたね。
今回は、スポーツを愛するただの一般庶民で関西おばちゃんの、イチ意見にすぎません。私も、note上に名前も顔も晒していない、ただの傍観者です。
ただ、スポーツというのは素晴らしく・意義があって・観戦も応援も楽しいものだと主張したいだけなんです。
これに対する非難も批判もいりません。勝手で申し訳ありませんが。
スポーツなんて嫌いだ、意味なんてねえ、と言う人は、やらなきゃいいし観なきゃいい。
自分の周りの身近な人たちも、同じ国に生まれた人たちも、国や人種が違う人たちも、みんなみんな、個人の人権が守られて平和に暮らせたり・好きなことができたらいいなぁと思います。
今、私が願うのは、そゆこと。
まだまだ暑い日が続くけれど、健康第一で、平和に過ごしていきましょう。長文失礼いたしました。
おしまい。