スーツは私の鎧兜
久しぶりに取り出したスーツには、
クリーニングした時のままのタグが付いている。
着れるかな?履けるかな?
最後に着たのは確か去年の12月。
あれからもうすぐ4ヶ月が経とうとしている。
3月も今日を入れて残り4日だ。
どのスーツにも思い入れがある。
その中でも私の一番のお気に入りは、
ノーカラーのネイビージャケットとパンツ。
中はその時々によって色味を変えるけれど、
襟口に化粧が付くのが嫌で、シャツよりもブラウス派。
スーツを着るのに必要なアイテムを、
全てベッドの上に並べ確認する。
これが私のいつものスーツ着用前の儀式。
これをしないと、なんだか落ち着かない。
揃った。よし、着よう!
パンツが綺麗に穿けているか、
そもそもボタンやフックはしまるのか。
いつもドキドキする。
そもそも体型は変わっていないので、
そんなにドキドキする必要はないのだが、
万が一、という事はある。
最後にスルスルとジャケットに袖を通し、
鏡を見やる。
我ながら、勇ましい。
女性に常用する言葉ではないのだろうけれど。
このスーツを着て出かけた、闊歩した頃の思い出が、
頭の中を風のように吹き抜けていくよう。
スーツは、会社に所属している私の仮面でもあり、
私のとっておきの上っ面でもあった。
スーツを着ていると、冷静になれた。
知らない相手を前にしても、
たとえその人が日本語が通じない人でも、
表向きニコニコとしていられた。
早鐘を打つ心臓の音をジャケットが隠してくれた。
しかし、私は、適応障害で休職中の長期に亘り、
都会で見る、スーツの人たちが怖かった。
ランチに向かうスーツの人たちの群れに気後れした。
呼吸が浅くなって喫茶店に駆け込んだことすらある。
「スーツ」。
それは、私にとって鎧兜のようなものであったから、
武者達が縦横無尽に歩いているように見えたのだ。
最前線で働く人たちの無言の圧力のように、
勝手に、かつ、自動的に感じていた。
でも、違った。
時間が経ち、落ち着きつつあるなかで、
スーツはまた私の鎧兜として戻ってきた。
あんなに怖かったのに、再び私の味方になった。
それは、かつての私が残してくれた、ギフト。
緊張する幾つもの場面に、
いつも同席してくれていた相棒のような存在だった。
ありがとう、スーツ。
さて、今日も一日ゆるっといこう。
だって君と一緒だから、心強いよ。
とい。