改めて、国の宝を学ぶ。
小学校の社会の時間、日本国憲法について学びました。
「平和憲法があるおかげで、日本は平和なんだ。
この憲法は、国の宝なんだ。」
小学生ながら、誇らしく感じました。
最近、改憲論議が盛んになっています。
今の憲法、なぜ変える必要があるのか?
全く腑に落ちず、かといって真っ向から憲法全文を読み直すのも躊躇して(読めよ、自分)、まず
「10歳から読める・わかるいちばんやさしい日本国憲法」
を読んでみました。
原文とともに子供用に噛み砕いて書いた文章と、さらにその条文についての解説があるのですが、これが、本当にわかりやすかった!
もちろん、どの条文も大切なことばかりなのですが、今回特に「おお!」と思ったのが、第99条の「憲法を守る義務」。
「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」
「おや?」と思いませんか?
憲法を守る義務のある人の中には、「国民」は入っていないのです。
それは、法律が「ふつうの人々の勝手な行動を制限する」ためにあるのに対し、
憲法は「法律を作ったり扱ったりする立場にある公務員の勝手な行動を制限するため」にあるから。
解説には
「公務員がその権限を乱暴に利用して国民の権利や自由をうばうことがないよう、いましめとして憲法が存在しています。
そこで国家の権力を行使する人々には、憲法を守るべしと固く義務付けているのです」
とあります。
国家権力が好き勝手なことができないよう、制限を課している憲法。
それを今、国家権力が都合よく変えようとしている。
本来の憲法の意味を踏みにじっているとしか思えません。
今の憲法論議についてのメディアの調査の仕方も、「改憲か否か」のようなものばかりが目に入りますが、それも変。
憲法は国の基本となるもの。
他国にも憲法があり、憲法を変更することはあっても、「どの条文のどこの部分」と限定して行い、丸ごと変える、なんていうことはまずないといいます。
(そんなことをしたら、「それまでその憲法に基づいて行われていたことは全て間違いだったのか?」ということにもなりますものね)
あなたは学校で学んだ日本国憲法前文を覚えていますか?
「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の戦禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」
だからこそ、選挙に行って、今の政治が違うと思えばNO!の意思表示をすることが重要なのですよね。
読み直してみると、この憲法が日本の国民のためだけのものではなく、他国に対しても配慮していることに深く感動します。
そして、
「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」
という言葉に、国民がこの憲法を守らなくてはならない、と改めて思いました。
そのためには、まずわたしたちがもう一度憲法を学ばねば。
そう思って、少しずつ勉強しています。
「今の憲法は米国の押し付けだ」
などという意見もありますが、そうではないことを、わたしは1年かけて学びました。
というのは、恥ずかしながら、大学で日本国憲法の単位を一度落としてしまい、日本国憲法の講義を受け直したからです。
(教員免許取得のため、日本国憲法の単位が必須でした)
当時の教官は紙谷雅子先生。(現在は学習院大学法学科教授)
評価が厳しく、「鬼の紙谷」とも呼ばれた紙谷先生の試験で、どうしても最後の設問に答えられず、唯一単位を落としたのが「日本国憲法」でした。
(ちなみに、2回目は必死で勉強し、めでたく「優」を勝ち取りました。
大学生活の中で、最も嬉しい「優」でした。)
先生の講義の中では、今の日本国憲法が制定されるまでどのような草案が作られ、どのように制定に至ったかまでかなり丁寧にたどっていたと思います。
日本側で作られた草案では戦前の旧憲法とあまり変わらないような内容もあり、それにはGHQから待ったがかかったことや日本側からの案も取り入れられていたことなど思いだし、Amazonで見つけた紙谷先生の本、「日本国憲法を読み直す」を発注しました。
個人の力は小さいけれど、「微力ではあるが、無力ではない」。
まずは学んで、自分の頭で考えなくては。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
*最近、近所でもバラが美しく咲いています。