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drawing/エッセイ『日本に若いボーイフレンドがいるの』

「あなた、日本人?」

「ええ、そうですよ」

「実はね、わたし日本に若いボーイフレンドがいるの。ふふっ」

フィンランドの中部、湖水地方のサヴォンリンナという街からパリッカラという街に向かう列車に乗っていた。しばらくどんよりした曇り空が続いた日々。仕方ないけどそろそろ晴れてくれないかなと思って、列車の窓から空と森を眺める。スカンジナビア半島にあるフィンランド、古くはロシア領、そのまた古くはスウェーデン領だったこの地に立つ木々は、その地の歴史的な厳しさを表すようにピンと天を突くように細くとがっている。太陽の光がないと、その細くとがった様子はさらに目に見える世界を冷たくするように感じる。

列車の通路を開けて向こう側には、おそらく85歳前後くらいの老夫婦が座っている。席に着く前は少し会話をしていたものの、座ってからは一言も話さない。老夫婦が移動するには多い荷物。けど遠くまでの旅をするには少ない荷物。夫は時折カメラを取り出して、レンズを拭く仕草を見せる。車両にはこの二人と、自分だけ。

列車に揺られて20分くらい経ったところだろうか。老夫婦の夫のほうがレンズのカバーを何度目かの開ける動作をして、レンズを拭き始めたのが視界に入った。一瞬その老夫婦に顔を向けると、微動だにしていなかった妻のほうがこちらを向いて、満面の笑みで言葉を発した。でも、おそらくフィンランド語なのか理解ができない。「わからないよ。ごめんなさい。」とカタコトの英語とジェスチャーで伝えるとなんとか伝わったのか、そちらもカタコトの英語でこう言った。

「あなた、日本人?」

「ええ、そうですよ。」

「実はね、わたし日本に若いボーイフレンドがいるの。ふふっ」

先ほどまでの微動だにしなかった彼女とは思えないくらい、嬉しそうな表情で、跳ねるような声でそう言った。

その先も聴いてみたい、そう思ったけど、やめた。横にいる夫がちょっとムッとした顔をしたからじゃあない。彼女のいまの気持ちをそのまんまもらって、なにかが完結したような気がしたから。その先を聴いた時にいろんな回答ケースがあるだろう。息子さんのことかもしれない。お孫さんのことかもしれない。近所の子供のことかもしれない。まさかの本当にリアルボーイフレンドかもしれない。それを知りたい気持ちも少しあったけど、一緒に笑い合うことでそこで何かぴったり合ったような気がした。鍵穴に鍵を差し込み、45度回したらカチッと鳴ったあの瞬間のような。

彼女の笑顔がなんだか嬉しくて。ポカポカした気持ちになっていたら、列車の外の曇り空は変わらないけれど、木々が笑ったような気がした。

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