見出し画像

本を速く読む方法、本から学ぶ方法

ビジネス書を何冊も読み進めていたら、いつのまにか驚くほど読むのが早くなっていた──そんな経験はないでしょうか。

はじめは1冊読むのにも何日もかかり、内容を理解するだけで疲弊していたのに、いつしか目次をザッと眺めるだけで全体像をつかみ、「ここが肝だな」とポイントを押さえて読破できるようになっている。

これは、一種の“トップダウン読み”がうまく機能し始めた例といえます。どのような文脈で語られるのか、ビジネスのどこに応用可能なのか──読み手としての自分なりの「仮説」を立てながら速やかに要点を整理していく。その結果、自然と読むスピードも上がっていきます。

確かにそんなことが自分の頭のなかで起きているかもしれない、と感じさせてくれたのがこの本です。

 しかし一方で、「トップダウンばかりでは、新しい発想や意外な着眼点を見落としてしまうのでは?」という懸念もあるでしょう。僕も正直ビジネス書を読んでて一瞬で読んでしまうので、これ読んだ意味あったっけ?と不安になることがあります。

長年ビジネス書ばかり読んでいると、ときに著者の主張を読み飛ばし、自分の頭の中の“お決まりのフレーム”に安易にはめ込んでしまう。そうなると、本来はそこに隠れていたはずの宝石のようなアイデアが見えなくなってしまうかもしれません。

 この「既にあるフレームワーク」を活かしながらも、新しい発見に心を開く読み方。僕たちはそれを「トップダウンとボトムアップの間を行き来する読書」と呼んでもいいかもしれません。そして、この絶妙なバランスを解き明かすヒントとして、18世紀ドイツの哲学者・イマヌエル・カントの「感性」と「悟性」の概念を参照できるのでは、とこの本を読んで感じました。

本noteでは上の2冊を読んで思った、人間が本を読んでいるときに起きていることについて考えてみたいと思います。



トップダウン的読書で得られる強み

 まず、ビジネス書を何冊も読み続けていると、徐々にその書き方や構成に馴染んでくるのは自然なことです。大抵のビジネス書には「問題提起→具体例→解決策→まとめ」といった大枠の流れがあり、著者によって多少の違いはあれど、ある程度「お約束」ともいえる構成に収まることが多い。

 そうした定型的な流れを先に予測して読む行為が、いわゆる“トップダウン読み”です。慣れてくれば、目次や冒頭の数ページを読んだだけで「この本はこういう課題にフォーカスしていて、著者の提案する解決策はだいたいこんな感じかな」という仮説を組み立てられるようになります。それこそビジネスの現場でも役に立つスキルで、短い時間で資料の要点を押さえ、会議に備えたり、プロジェクトの大枠を理解するのに非常に便利です。

 トップダウン読みの最大の強みは、スピードと効率です。新しい本でも「どのあたりに要点が散りばめられているか」を瞬時に察知し、そこにフォーカスして読むため、要所要所で時間をかければ内容を見落とすことなく理解できます。また、自分がすでに持っている知識や経験、業界の常識などを下地として活用できるため、「これは既知」「ここは新しい」の取捨選択がうまく働くのです。


ボトムアップ的読書で開ける扉

 ただし、トップダウンばかりに頼ると、新しい情報を排除する“認知バイアス”に陥りやすいのも事実です。たとえば、「こういうパターンのビジネス書は、たいていこのパターンだ」と先入観を抱きすぎるあまり、著者が実は全く新しいコンセプトを提示していても、自分の枠の中に強引に押し込めてしまったり、「どうせそれは知っている概念の亜流でしょ」とスルーしてしまうかもしれません。

 そこで必要になってくるのが、“ボトムアップ読み”の姿勢です。ボトムアップ読みとは、文字通り文章の細部を一つひとつ積み上げながら理解を組み立てていく方法。新しい概念やデータ、著者独自の視点を先入観なく受け取り、あとでそれを全体として再構成するのです。

 ビジネス書であっても、実は従来のやり方とは違う切り口が提示されていることが少なくありません。具体的な著者の独自のストーリーが語られていたり、全然違う職種だからこそ見える世界が描かれていて新しい発見が眠っているケースが多々あります。こうした未知の領域にこそ、学べるヒントが潜んでいるものです。ボトムアップ的に「とりあえず読んでみて、何が書かれているのか真正面から受け止める」姿勢がないと、これらのヒントを見逃してしまいがちなのです。


カントの「悟性」と「感性」が示すもの

 さて、18世紀の大哲学者カントは、人間の認識の仕組みを「感性」と「悟性」という二つの側面に分けて考えました。感性とは、五感を通じて外部から情報を受け取る働き。ボトムアップ的に“感じ取る”といってもよいかもしれません。一方、「悟性」と訳されるUnderstanding(英語でいえばアンダースタンディング)は、僕たちが受け取った情報を“整理し、概念化し、判断する”ための機能を指します。ここにトップダウン的な要素があると考えることもできるでしょう。

 カントによれば、感性と悟性はそれぞれ独立した働きを持ちながらも、互いに協力しないと「人間の知識」は成り立たないとされます。これを読書に当てはめてみれば、「受動的に細部を取りこぼさず受け取る姿勢(感性)」と「先に枠組みをつくり、内容を整理し理解を深める姿勢(悟性)」の両方が欠かせない、ということになるでしょう。

 しかも、カントの主張の面白いところは「悟性がひとたび概念を立てると、その概念に照らして新しい経験を理解しようとする」という点です。ここにはトップダウン的な認知の仕組みが潜んでいます。しかし同時に、「経験(感性)から得られる情報が、既存の概念を変容させ、さらには超えるような発見をもたらす」というボトムアップ的な驚きも主張されています。言い換えれば、僕たちはある程度の仮説(悟性による枠組み)を用いつつも、それを予想外の材料(感性による新情報)によって塗り替えていくダイナミックな働きを常にしているのです。


仮説を持ちつつ、それを超える読書へ

 ビジネス書を読み慣れた人にとっても、ここが重要なポイントです。すでに多くのビジネス書を読んで「このパターンの主張なら、次はこういう展開だろう」と思える仮説構築能力(悟性)を獲得していても、あえて細部を拾いにいくボトムアップ的アプローチを組み合わせることで、これまでになかった「おや、こんな見方があるのか」という発見ができるわけです。

 たとえば、あるマネジメント論の書籍を読んでいるとして、序章だけ見れば「はいはい、また“リーダーシップは○○である”って話ね」と想定しがちです。ところが、章の後半にあたるところで、実はAIや心理学の観点を組み合わせて、新しい組織作りのフレームワークが提案されているかもしれない。トップダウン的な先読みだけでは拾いきれないアイデアが潜んでいる可能性が十分にあるのです。

 ここで「もしかすると自分の想定を超えるような展開があるかもしれない」という“仮説”を持って読む態度は、とても大事です。トップダウンな読み方はけっして悪いわけではなく、むしろビジネスの現場や忙しいスケジュールのなかで効率を上げるには欠かせません。

ただ、その仮説に縛られてしまわず、「あれ、ちょっと違うぞ?」という違和感を見つけたら即座に立ち止まってみる。ボトムアップの視点で細部を丁寧に拾い直す。そのうえで、改めて全体像を組み直す。こうした二重の働きが、カントの言う悟性の動きにも近いのではないでしょうか。


まとめ:読書はいつでも新しい世界の入り口

 ビジネス書を読み続けていると確かに早く読めるようになりますし、そこには大いにメリットがあります。トップダウン的な要領の良さを駆使すれば、読書のみならずビジネスの現場でも情報処理をスピーディーにこなせるはずです。しかし、その一方で、誰も見つけていないような「驚きの発想」や「新しい価値」を見いだすには、ボトムアップ的に文章に潜り込み、自分の仮説を揺さぶられる覚悟で向き合うことが欠かせません。

 しかも、これは何か特別な努力が必要というよりも、自然と身につく面も大きい。なぜなら、「トップダウン的に読む力」が先行して高まった人ほど、「あれ、もしかして取りこぼしている情報があるのでは?」と気づく瞬間が来るからです。そうなれば、必然的にボトムアップ読みで新しい視点を拾いにいくようになる。結果として、トップダウンとボトムアップがうまく循環し、読書や学習全体がよりダイナミックなものになっていきます。

 読書には、いまだ見ぬ世界へ案内してくれる力があります。これはビジネス書であっても、小説や哲学書であっても同じです。

すでに蓄えた知識やフレームワーク(悟性)を活かしながらも、それを超えるような意外性や発想を得るためには、常にテキストの細部に開かれた感性を保ち続けること。そんな姿勢が読書というものを楽しいものにしてくれるのでは、と僕は感じます。


いいなと思ったら応援しよう!