おばあちゃんちみたい!
こないだの催しで、みんなで杉に寝転がったときに、からだがゆるむ。からだの芯があったまる。という声のほかに、
「おばあちゃんち」みたい。
・・と言う人が多かった。
からだがゆるんで、身を委ねている感覚から、「おばあちゃんち」が思い出されたんじゃないだろうか。
「おばあちゃんち」は、何をしても許される”絶対的受容”の安心感があって、無邪気にふるまえる。
杉の床に身を委ねて気持ちよくなり、
からだがふにゃ〜とゆるんで、
ほんわかする。
その感じが、かつて「おばあちゃんち」で安らいだ感覚と似ているのかもしれない。
ちなみに、、
私は母が住む公団の部屋を思い出した。鉄筋コンクリート造の2階の部屋で、杉の床じゃないけど、なんとも安らぐ。
私は、安心感がないと、伸び伸びと力を発揮できないし、人と親和的に交流するのが難しい。
疲れてしまう。
つい防衛意識が働いて、それでいて交流を図ろうとするから、上半身ガチガチで、顔はニヤニヤ。
ああ、嫌だ💦
催しに参加された整体師さんが、
杉の床はセラピー要らず。
・・と言ったけど、
私は逆に、
おばあちゃんちは杉の床要らずだ。
・・と、思った。
杉の床が大事なんじゃなくて、安心できる居場所と関係が大事なのだ。
人間は、自分が落ち着いた生理学的状態であるときだけ、相手に「私は安全だよ」という合図を送ることができるそうだ。
「安全だよ」という合図をお互いに出しあうことで、気持ちよく交流できる。
杉の床は、それをからだから下支えしてくれている存在なんだと思う。
なんだかんだいって、
とにかく気持ちいい❗
やっばり、一度味わってほしい。