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12月25日はイエス・キリストの誕生日ではない?

 もうすぐクリスマスですね。クリスマスは、キリスト教のイエス・キリストの誕生日だといわれますが、肝心の聖書には、イエスが12月25日に生まれたとはどこにも書いていません。12月25日は、当時のローマにおいて冬至の日にあたっていて、それが4世紀になって、イエス・キリストの誕生日ということになったのだといいます。しかし、イエスの誕生日がなぜ伝承しなかったの?とか、なぜ冬至の日をイエスの誕生日にしたの?といった疑問もわきます。そこで、先日、池袋の古代オリエント博物館の月いち!オンライン講座「クリスマスってなんだろう~聖書、イスラエル、キリスト教史から紐解く」という講座を聴講してみました。講師は、高井啓介先生。高井先生はイェール大学大学院中近東言語文明学科の博士号をとられ、現在は、関東学院大学で教えておられるそうです。

 さて、この講座を聴講してみたところ、上記の①なぜイエスの誕生日が伝承しなかったのか②なぜ冬至の日をイエスの誕生日にしたのかという疑問に答えてくれる内容になっていました。講座での配布資料の転載や譲渡は禁止されているので、細かいことは省いてざっくりとだけ書くと、ユダヤ・キリスト教の伝統においては、誕生日を祝う習慣はなく、むしろそれは良くないこととすら思われていたそうです。それでイエスの誕生日が伝承しなかったのかなと思いました。ただ、ローマにおいては、エジプトやペルシアにおける専制君主の誕生日を祝う習慣が入っていたようで、12月25日は冬至の日であり、不敗太陽神の誕生日でもあったとのこと。また、キリスト教においては、2世紀後半ごろから、旧約聖書のマラキ書などを元に、イエスを太陽と同一視する言説があらわれた始めたといいます。ローマでは、もともと異教徒だったキリスト教徒も多く、彼らは太陽神の祝祭にいままで通り参加していたので、そのことに危機感を覚えたローマ教会が、4世紀半ばの少し前に、太陽神の祝祭日の12月25日をイエスの誕生日として公式に祝うようにし、キリスト教徒を太陽神の祝祭に参加できないようにしたとのことでした。12月25日をイエスの誕生日にしたのは、異教の地ローマで生きるキリスト教会の苦肉の策だったのですね。

 さて、上にご紹介した古代オリエント博物館の講座では、これ以外にも、サンタクロースやクリスマスツリーの発祥や変遷についても語られていました。詳細を書くのは、やはり控えますが、いまでは、セットのように見えなくもないサンタクロースとクリスマスツリーは、その発祥も変遷も全く違うということがわかって驚きました。クリスマスツリーが普及したのは、わりと新しく19世紀に入ってからのことで、日本にクリスマスツリーが入ったのは意外と早く、最初にツリーが普及したドイツ語圏から遅れること、わずか40年ほどのことだったようです。

 もっともっと詳しい話や正確な資料を知りたいという方は、どうぞ、直接、講座の動画をご覧になってください。この講座の動画の視聴期間は少し延長になって、12月28日の18時までになりました。下記のページの「クリスマスってなんだろう~聖書、イスラエル、キリスト教史から紐解く」から、まだ申し込みができますので、ご興味のある方は、どうぞ!↓

 この「月いち!オリ博オンライン講座」は、博物館の展示内容に合わせて、毎月講座が開かれていて、これまでに、エジプトのピラミッドやミイラ、シルクロード関係や、インド神話の講座などもあったようです。面白そう! 

 ここ数年のコロナの流行には、うんざりですが、こうした講座が、博物館から離れたところで暮らしていても、オンラインで楽しめるようになったのは、この時代が生んだ思いがけないプラスの産物かもしれません。こうしたオンライン講座がいつまで続くのかわからないのですが、ご興味がある方は、いまのうちにご覧になるといいかもしれませんね☆



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