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昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第二十五話 第七章(6)

 あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
自慢の婿君・蔵人の少将の晴れ姿を見ようと、中納言家の人々は牛車をつらねて出かけてゆきました。
その隙を狙った右近の少将はようやく愛しい姫を救い出すことができました。
これからは大切な姫と幸せになれる、未来はとても輝いて見えました。

  北の方の悪だくみ(6)

陽が中天に昇る頃に中納言家一行は、三の君の婿・蔵人の少将の晴れ姿を見物する為に牛車を何輛も連ねて出かけていきました。
北の方、三の君はもちろん未婚の四の君やそれぞれの女房、女童も引き連れての豪勢な見学なので、邸はからっぽになってしまいました。
阿漕ももちろんお供に加わるよう言いつけられておりましたが、
「お腹が痛くて、ちょっと厠へ」
と昨晩の典薬助さながらに牛車からすべり下りてしまったのです。
阿漕はさっそく手紙をしたためると右近の少将の訪れを待ちました。
すると先触れで馬を駆ってきた夫の惟成が現れたので、阿漕は少将の乗った牛車を邸の奥に堂々とつけさせてしまいました。
車は網代車という御簾を引き下ろした女車(めぐるま・女性が乗っている車)に仕立てたものだったので、警備の者にも「新しい女房がやってきたようですわ」と誤魔化すと、さして気にも留めない様子で難なくその目を掻い潜りました。
しかし中には少将の他に屈強な男子が四人も乗っていたのです。

少将は中納言邸に着くと、すぐに牛車から飛び降りました。
「惟成、参れ」
「はは」
阿漕がつっかえ棒をすでに外しておいたので、あとは錠を開けるだけで扉は開きます。
「ここに姫が閉じ込められているのか。可哀そうに」
少将は一刻も早く姫を解放してあげたくて自らうちたて(錠をさすために戸につける金具)を惟成と一緒に壊しました。
納屋の扉が開くと右近の少将は薄暗いところに身をすくめる姫を見つけて、両手で抱きしめました。
「助けに来たよ、愛しい姫」
「少将さま、お会いしたかったですわ」
「私もだよ。あなたに会えない日がどれほど辛かったことか。だが今はここを出るのが先決だな」
少将は姫を軽々と抱き上げて車へと運びました。
「阿漕も早く乗らないか」
「ただいま参ります」
慌ただしく阿漕は答えましたが、何やら思惑があってか少しすると戻ってきました。どうやら北の方に姫が結婚していないことを思い知らせてやろうと、目に付くところに典薬助の手紙を広げて置いてきたのです。
阿漕が牛車に乗り込もうとすると女童のお露がじっと様子を伺っておりました。
お露は阿漕が召し使っておりましたし、身寄りもないのでこの邸に残しては不憫です。
「お露、お姫さまと私はお邸を出ていくわ。お前も一緒に来るかい?」
「はい。連れて行ってください」
お露は一も二もなくすぐに答えました。
親の無いお露に文字を教えてくれたのは阿漕でした。
このまま優しいお姫さまと阿漕と別れることなどできません。着の身着のままですが、何も躊躇することはありませんでした。
阿漕が先にお露を車に乗せると姫と少将も嬉しそうに迎えました。
「お露、お前も来てくれるのね」
「姫さま、露も行ってよいですか」
「もちろん歓迎するとも」
そう少将がにっこりと答えて、まるでお内裏様とお雛様のように美しいお似合いの方々だとお露には思われました。
幼い胸にもこのお邸に残るよりはずっと素晴らしい人生が開けてゆくのだという期待が大きく膨らむのです。
車は屈強な衛士たちにしっかりと護られて、あっという間に中納言邸は見えなくなりました。
これでもう一安心です。
「とうとうあなたを助け出しましたよ」
「ずっと信じてお待ちしておりましたわ」
少将は美しい姫を腕に抱いて今は幸せいっぱいです。
そして自分の物になっている二条の邸へと向いました。
二条邸は綺麗に掃除され、贅沢な調度で飾られておりました。
少将と姫はもう誰にも邪魔されることなく新婚生活を始めることができるのです。
「姫、今日からあなたがこの二条邸の女主人ですよ」
少将はまるで皇女を賜ったかのように姫を抱き上げて車から降ろし、寝殿まで導きました。
「わたくしこそ生涯あなたにお仕えいたしますわ」
幸せそうに微笑む姫は女神のように眩しく麗しいのです。
阿漕もこれから訪れる幸せを信じて疑いません。
「ああ、お姫さまがよい御方と巡り合えて本当によかった」
涙を浮かべる阿漕の傍らには惟成とお露が寄り添っております。
「さぁさ、こうしてはいられない。お露、お姫さまとお殿さまの為にやらなくてはいけないことがたくさんあるわよ」
「はい、阿漕さま」
そうして忙しく立ち働こうとする阿漕の背中を惟成は愛しそうに見守るのでした。


お祭りの行列が終わって邸に戻ってきた中納言一家は、納屋の扉が破られ、姫がいなくなっていることに驚きました。
「いったいどんな不届き者が私の邸に入り込んだというのだ。留守をしていた者は何をしていたのか」
主人の中納言は口から泡を吹きださんばかりに激怒しております。
「申し訳ございません。まったく気づきませんでした」
「留守中に何か変わったことはあったのかい?」
北の方が詰問すると門番は、
「はあ、そういえば新しい女房という車が入って来たようですが。はて、いつ出ていったものか。。。」
茫洋とした門番は入ってくるものは警戒するものの、出て行くものには頓着しないようです。
「それに男が乗っていたに違いない」
北の方はおちくぼ姫に通っていたあの身分の高そうな男が姫を連れて逃げたのだとすぐにわかりましたが、中納言は姫の相手が召使の惟成だと思っているので、話がよく見えません。
立派な女車だったと言いますし、女房のうちの誰かが姫を逃がしたのかと見当違いなことを考えております。
そもそも中納言は姫をかわいいとも思っていなかったもので、それ以上の興味も失せて自室へと戻りました。
北の方は急いで落窪の間に向かいましたが、そこにはがらんと何も残っていないのを確認して悔しくて仕方がありません。
「やっぱり危惧した通りになったではないか。お前が泥棒阿漕なんぞをかばうからこんなことになるんだよ。お露までいないじゃないの。あの子は器量が良いから引き取ったのに」
怒りの矛先を三の君に向けてがみがみと責めたところで時間は元には戻らないのです。
いつしか末息子の三郎君が冷ややかに言いました。
「お母さまがおちくぼのお姉ちゃまにひどいことばかりして、典薬助のお爺さんと結婚させようとするから逃げたんでしょう」
そう大人びて言うもので、北の方も言葉を呑み込んでしまいました。
しかしそう簡単に怒りが収まるものではありません。
北の方は落窪の間にこれみよがしに広げられていた手紙を読んで典薬助と姫が結婚していないことを知りました。
まんまと欺かれたのも苦々しく、悔しさに地団駄を踏み、気も狂わんばかり。
怒りが収まらず、典薬助を甚振ってやろうと呼びつけました。
「お呼びですか?」
老人はげっそりとして何だか元気がありません。
「あんたにはがっかりしましたよ。おちくぼ一人ものにできないなんてね」
「そんな殺生な、わしも頑張ったんですよ。しかし一日目は姫さまが病気みたいでそれどころではないし、二日目は扉がぴくりとも動かなくて、終いには腹が冷えてピーピーゴロゴロと、これでは色男だってどうにもなりませんや。出物腫物処嫌わず、というでしょう」
北の方は話を聞いているうちに可笑しくなって吹き出しました。
「思い出しただけで、また腹の具合が・・・」
典薬助の腹はまたゴロゴロと鳴き出しております。
「もういいから厠へお行き」
「へぃっ」
典薬助は顔を青くして尻を抑えながら駆け出しました。
もう北の方は堪えられずに腹を抱えて笑わずにはいられません。
なんとも間の抜けた事の顛末ということになりました。





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