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令和源氏物語 宇治の恋華 第百八十四話
第百八十四話 翳ろふ(四)
常陸の守の北の方は姫が誕生したその朝のことを思い返しておりました。
初産で不安も大きく、難産だったもので陣痛の苦しみに悶えたものの、わが命を賭してでも愛し子を世に送り出そうと己を励ましました。
それだけに無事に生まれた時の喜びといったら、潔斎所に差し込む光が温かく、この世のすべてが姫の誕生を祝福しているように思われたものです。
しかしながらその誕生は八の宮さまに疎まれ、思えば不遇続きの定めであった。
薫右大将との宿縁にようやく陽の目を見ること、と喜んだ矢先にこのような死に目を迎えようとは我が姫が不憫でならぬ。
北の方は遺骸さえ無く、別れをも告げられなかった無念にまた涙をこぼしました。
誰にも知られずに葬儀を済まそうという右近と侍従の計らいで、乳母の兄である阿闍梨、乳母の子である大徳をはじめとした気心の知れた僧侶たちが招集されました。
庭先から車を浮舟君の御座所へ回させて、お茵から手回りの調度品を乗せ、布団や夜着などで骸を装い、如何にも浮舟君はお亡くなりになったと取り繕うのも母君や乳母にとっては身を裂かれるほどの思いがするのです。
邸の異常に気付いた例のいかつい内舎人などがやって来て、せめて薫君の指示を仰いでからの葬儀をと進言するも、
「浮舟君は正式に認められた御方ではございませんでしたので、この上は薫君の手を煩わせることもありますまい。日蔭の身と斟酌くださいませ」
そう取りつく島もない。
夜のうちの野辺送りとなった葬送はあっという間に終わってしまいました。
骸の無いこととてあっけなく燃え上がる炎が悲しく、立ち上る煙にも浮舟君はおりはせぬ、そう思うと虚しさだけが残るのです。
里人はその常とは違う様相に首を傾ける。
「ご本妻がおられるということでこのように簡略であるのだとか」
「如何にもそれが京流なれど、仕切りの儀式(入棺の儀や拾骨の儀)もなさらないなんておかしいではないか」
「なんでもご兄弟が残っていられるので出世の妨げにならぬようということらしいが」
「貴族の考えることはよく理解できぬな。肉親の情よりもお家大事というわけか」
このような陰口の聞こえてくるのを腹の底から煮えくり返るように聞くのがまた辛い。
只でさえこうした噂は広まってゆくものを、面白くあげつらわれるのは浮舟君にはお気の毒、と右近は邸の下人に至るまで厳しい箝口令を敷いたのでした。
そうして慌ただしくするうちにも薫君へこの事態を伝えることを失念したのはなんとも残念なことであるよ。
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