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令和源氏物語 宇治の恋華 第二百十話
第二百十話 小野(四)
草庵を後にすると、中将の脳裏には思いもよらずに垣間見た乙女の姿が鮮やかに蘇ります。
尼君ばかりの庵なので若い姫君が身に着けるような装束はないのでしょう。
簡素な白い単衣に出家した人のような落ち着いた檜皮色(ひわだいろ=暗い紫がかった赤)の袴を着けられた姿がかえってなまめかしく姫君の容色が映えたつようで、黒々とした長い髪が豊かに背を流れる様も優美。
何よりその色白の横顔が匂うばかりに麗しいものでした。
ここにしもなに匂ふらむ女郎花
人のもの言ひさがにくき世に
(似つかわしくない場所でどうしてあのような麗しい女人が隠れ住んでいるものか)
中将は横川に着くとはやあの姫君のことを弟に尋ねずにはいられません。
しかし僧侶たちが修行しているこの場所にてはそうそう俗っぽいこと、ましてや女人のことを持ち出すのは憚られるのです。
その日は横川に泊まるとして僧都の説法に耳を傾けながら声のよい僧に読経させ、自らは管弦をして夜を明かしました。
禅師の君と四方山話のついでに尼君の元に立ち寄ったことなどそれとなく水を向けて聞き出そうと試みる。
「妹尼君は昔から穏やかな御方であったが、遁世されて静かに暮らしていられる御姿が慎ましくてしみじみとしたよ。亡き妻が生きてくれていたらまだ母上と呼べたものを」
「尼君さまはお越しを喜ばれたでしょうね。姫を亡くされてもう五年になりましょうか。兄上は幸せだった頃の思い出を共有なさる方ですから」
「うむ。姫といえば驚いたことに若い女人の姿があってな。御簾が風でまくりあがった拍子に後姿ばかりだが見えたのだが」
「おや、本当のところはそれをお聞きになりたかったか」
「いや、好き好きしい心からではないよ。尼君しかおらぬと思うていたところに髪の豊かな美しげな人があれば驚くであろう。いったいどのような素性の姫なのか?」
「私はお会いしたことはございませんし、ほのかに聞いたばかりですが、この春頃に初瀬詣での帰途に宇治にて行き倒れていたところを僧都に救われたのだとか」
「なんと、うら若き姫が行き倒れていたというのか?」
「はい。不思議な話でしてどうやら物の怪に拐わかされてきたようでございます」
妖に魅入られるとはやはりそれほど麗しい女人であったかよ、と中将の胸はざわめきを抑えられません。
「ちらと見かけただけだが、なるほど言われるとおりの器量であろうよ。しかしながらあのように尼に交じっていられるといつしか女人らしさも失われるのではあるまいか。若い身空には気の毒なこと」
禅師の君は兄が並々ならぬ関心を持っているのだと気づきましたが、こればかりは宿縁ゆえ肯定とも否定ともせずに何度か頷きました。