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令和源氏物語 宇治の恋華 第百九十三話
第百九十三話 翳ろふ(十三)
我もまた憂き古里をあれ果てば
たれ宿木のかげをしのばむ
(多くの方々を亡くした悲しい宇治よ。私もこの地を思い捨てたならば、いったい誰がこの山里を思い出してくれるというのであろう)
薫は宇治での思わぬ事の顛末に心乱れてほろほろとこぼれる涙を抑えることが出来ません。
哀れな浮舟よ。
いっそ愛する者のところへ行かせてあげればお前は幸せであったのか。
縛ろうとしたばかりに自身を亡くすほどに追い詰められたが我が罪なれば、いくら詫びても償いなど出来ようもない。
せめて後の世はもっとも愛する者と結ばれるがよい。
薫はこの時心から浮舟にすまないと頭を垂れたのでした。
浮舟の死はすでに取り返しのつかぬこととして、かの女が思いを残したであろう人達を思い遣るのがこの君の優しいところ。
薫はまず母君である常陸の守の北の方へ対する申し訳なさでいっぱいになりました。
子を喪った母の心はどれほどの悲しみに満ちているであろう。
薫は母君が浮舟の不義を知るとは露とも考えもしなかったもので、このように即時葬送したのも女二の宮への配慮かと不憫に思いました。
せめてその心を慰めるには浮舟の存在がどれほどかけがえのなかったものかと共に悲しみを分かち、世間の厳しい目も物ともせずに浮舟の兄弟である常陸の守の子たちを引き立ててやろう、と決めました。
加えて追善供養も懇ろにせめて自死の罪障が軽くなるように、と山の阿闍梨へ依頼しました。
かの阿闍梨は律師となり、御山では最も尊い御方となっております。
世に知られぬ浮舟ではあったけれども最後は我が妻として鄭重に葬ってあげたい、と願う薫なのでした。
それにしても悔やまれるのはやはり浮舟の最期の姿を見ることもできなかったということ。
昔中君は冗談紛れに浮舟のことを大君と瓜二つの人形のように言ったことがありましたが、人形(ひとがた)とはまさに人の穢れをその身に受けて川に流される宿命を持つ物ではあるまいか。
この宇治という土地は憂し(うし)に通ずる。
八の宮さまを亡くし、大君も浮舟もこの地で亡くした薫にはもはや宇治は心寄せる場所ではありません。
おお、浮舟よ。
どこぞの水底で冷たい貝となり果てたか、哀れなり。
薫はこの時浮舟の為だけに泣いたのでした。