昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第四話 第二章(1)
あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
念願の蔵人の少将を娘婿に迎える約束を取り付けた継母は意気軒昂に向かう所敵なしの様子。しかし、三の君の裳着の装束、婚姻の装束と姫には休む暇も与えられません。
その彼女を支えてくれる乳姉妹阿漕もあちらの使用人として引き抜かれてしまいました。
阿漕という名の娘(1)
北の方の采配が見事に決まり、来春早々に蔵人の少将と三の君の結婚の日取りが決められました。
そうなると忙しくなるのはまたもやおちくぼ姫です。
まずは三の君の裳着(もぎ・成人)の儀の装束を一式縫わなければなりませんし、次には婚姻用の装束も控えております。
それだけではなく婿になる蔵人の少将の装束を一揃え縫わなくてはならないので時間はいくらあっても足りぬというもの。
北の方はいつものように口うるさく、
「丁寧に仕立てなさい」
そう責めるもので、おちくぼ姫は季節を愛でることもなく縫い物ばかりをさせられておりました。
そんな不憫な姫にもただ一人心を許せる信頼し合った者がおります。
阿漕という名の女房です。
彼女は姫とは乳姉妹(ちちしまい・阿漕の母が姫の乳母で同じ乳をわけ合った実の姉妹のような絆がある存在)で、姫の母君が亡くなった時に共にこの邸へやって来ました。
阿漕は美しく目端のきいた賢い娘だったので、この邸に来てからは北の方にたいそう気に入られて重宝されております。
しかし阿漕は心の底から北の方に仕えているわけではありません。
阿漕はいつでも心優しいおちくぼ姫を慕っているわけで、あちらに仕えていれば姫のために食べ物を手に入れることもできるので、涙を呑んで、というのが本当の処。阿漕にとって大切にかしずきたいのは美しく聡明なおちくぼ姫で、それ以外は主人ではないのです。
阿漕は北の方の目を盗んでは姫の元へやってきて、縫い物を手伝ったり、互いを励まし合ったり、以前と同じように睦まじくしているのでした。
乳姉妹というのはそれほどに情を深く交わし合って、支え合ってゆくものなのです。ましてやこのように継母に虐げられている人の好い方をどうして心優しい阿漕が捨て置くことができましょうか。
その年も暮れようかという頃、阿漕はいつものように姫の部屋へやって来ました。
「お姫さま、三の君からお菓子をいただきましたの。お疲れでしょう、ちょっとお休みになってくださいまし」
「まあ、うれしいわ」
姫は縫い物を置いて迎えましたが、どうにも阿漕の様子が普段と違います。
「阿漕、どうかしたの?」
「姫さま、聞いてくださいませ。北の方は私を正式に三の君付きの女房にすると仰るんですよ。私の主人は姫さまだけですのに」
心の優しいおちくぼ姫は阿漕を慰めました。
「わたくしもあなたがあちらに仕えたほうがいいと思うのよ。新しい着物ももらえるでしょうし、待遇がいいもの。ね、同じお邸内で別れてしまうわけではないのですから、元気をおだし」
阿漕はそうして疲れた顔をした姫をいたわしく感じ、この姫のためにも短慮はならないと思い直しました。
実は阿漕には裕福な叔母がいるのです。
受領に嫁いで北の方として安泰な身分ですが、彼女には子供がいなかったので、以前から阿漕を養子に迎えたいと申し出てくれていたのです。勝気な阿漕はいつでもこんな意地の悪い北の方がふんぞり返っている邸を捨てても構わないと考えておりますが、この姫を置いてはどこへも行けないとその誘いを断り続けているのでした。
乳姉妹というものは強い絆で結ばれているものですが、阿漕はこの姫の優しく穏やかな気性を素晴らしいと慕っておりましたし、継子だからと姫を虐げる北の方の心根をあさましいと憎んでおりました。
いつか自分の大切なお姫様を立派な公達に嫁がせて、何とかこの境遇から救ってさしあげなければ、と心に刻む阿漕なのです。
今しばらく耐えていつか必ず、とその思いを一層強くしたのでした。
年が明けて蔵人の少将が三の君の婿となり、源中納言家は華やぎを増しました。
少将はいずれ必ず出世すると言われる公達です。ゆくゆく三の君が北の方となれば中納言家も安泰というもので、北の方は他の貴族たちが羨むような婿をとって意気揚々、まさに向かう処敵なしと言った感じで益々鼻を高くしておりました。
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