なぜ紙の国語辞典がGoogle検索に勝つのか
脳は苦労したことしか覚えない
最近「苦労は買ってでもした方がいい」ということがナンセンスであるかのように言われます。皆が成功した方法をGoogleで調べればいいじゃん。なんなら人工知能に教えてもらえばいいじゃんと。
例えば、すし職人。有名すし職人が、どんな手順で何をしているのかを人工知能に学習させて、コツを要領よくまとめてもらい、その結果を身につければいいとか。実際、この方法でも、ある程度握れるようになるでしょう。でも、私たちは心の(実際には脳の)どこかで「それって本物なの?」と感じますよね。
苦労して自分のものにしない限り、本当に身についた、その人のものになったとはいえないと私は考えています。脳は、困難を乗り越えたものほど記憶しやすいからです。困難学習といいます。例えば、数学のここが分からないと言っている友達に説明するうちに、自分の方が深い理解に達することがありますよね。そう、アウトプットが最大の学習の定着方法なんです。
なので、検索にしても、辞書を引く行為にしても、そのままではあまり変わらないんです。例文を作ってみたり、実際に使ってみたりしないと、言葉は定着しません。もちろん、短期記憶が良い若いうちは、たくさん頭に残ります。私も、進学塾に勤めていたころは、カリキュラムに沿って、1週間に50個の四字熟語を覚えさせていました。が、それが物になった子となっていない子がいるのは、覚えたかどうかではなく、使っているかどうかです。実際、50個なんて、調べている時間はありません。もう、何回も音読したり書写したりして覚えるしかないんです。
で、覚えた言葉を日常的に使っている使っていないが問題なら、Google検索でも辞書でも同じだろうと思うかもしれませんが、そこに到達するまでの労力が記憶に加担するのです。すしの握り方のコツを努力でゲットした人と、人工知能に教えてもらった人は脳に通った電流の回数が違うのではないでしょうか。
分かった気になると、そこでおしまい。この悪習は治りにくい。
人間、分かるとそれ以上考えなくなります。知ってるもん。分かってるもん。以上。
例えば「前」という漢字の部首はなんでしょう? そうですね、「りっとう」です。中には「くさかんむり」と答える人もいますが、「前」の上の部分は、くさかんむりとは全然違います。調べたことがある人なら分かっています。
「前」の部首、ググる時は簡単です。最近だとスマホに語り掛ければ教えてくれます。「ヘイ、Siri、漢字の「前」の部首は何?」でOKです。ちなみに、私の Siri は、gooの辞書のページを開きました。
で、「へえ『リ』の方なんだ」で終わりじゃないですか?
ところが、漢字辞典だと、部首を調べるのは大変です。部首の順に並んでいる漢字辞典では、部首を知らない場合は一苦労。『前』の読みを知っているなら「まえ」を五十音から検索しますし、『前』の画数9で探す方法もあります。そのことですでに頭を使います。探すのにも頭を使います。ページが分かったらめくることにも頭を使います。該当ページを開いてもその中から探すことに頭を使います。
そしてやっと「前」の字に出会います。
「前」の部首は「りっとう」です。
と聞いて「『前』の部首は『りっとう』」と1対1対応で記憶しようとする子は、試験に慣れすぎた子。このタイプはクイズ大会である程度まで行けますが、テレビに出るようなクイズ王にはなれません。ついでにいろいろ調べたという東大のクイズ研究会の子たちの覚え方は、辞書引きに慣れている子たちの典型です。
学習欲のある子は、まず「『りっとう』って?」ってなるんです。「ああ、なるほど。刀の意味なんだ。刀の字が二つに分かれて並んでいる。立刀か。刀に関係がある漢字が多いのかな?なるほど「削」とか「刺」とか「刻」とか。
ん?なんで「前」が「刀」と関係あるんだ?
そんな感じで次々と調べていく。ここまですると、「前」の部首は一生忘れません。こういう子が本当にクイズ王になるんです。クイズ王になりたいというわけではなくても、膨大な知識が生き生きしている。そんな状態って、絶対に人生の役に立つと思う。
また、辞書の場合は、そのページにあった挿絵を覚えている。そんな経験もある人もいるのでは? 辞書をにおい、手触りで選ぶ子もいます。実際、辞書の紙は湿度と深くかかわりがあるそうです。そういう五感を刺激するのも紙の辞書ならではですね。
子どもの時期に辞書引きに慣れておく
大人になってから辞書を引く習慣を身につけるのは難しいです。なぜなら、面倒なことを嫌うから。それでもググることはできます。ところが、ググる習慣もついていない大人がいるんです。
よく「そんなことぐらい自分で調べろよ」の意味で「ググレカス」って言いますが、分からないものをそのままにして平気という大人になっちゃってい折るんです。子どもの時から調べ癖がないんです。分からないこと、知らないことをそのままにしてきた人なんです。
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