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不器用でまっすぐに生きる情熱に圧倒される。映画「茜色に焼かれる」が凄すぎた件

圧倒された。
やっぱり最高だった。

「茜色に焼かれる」
ずっと見たいと思っていたのだけれど、集中して誰にも邪魔されることなく、静かに一気見したいと思っていたのでなかなかチャンスがなかった。



私と息子がコロナになり回復しかけた頃、旦那がまたかかり、室内監禁。見るなら今しかないと思って鑑賞。大正解。

※作品の内容に触れるレビューになりますので、読まれる方はご注意を。でもこれを読んでも「うわ逆に見たい」と思ってもらえるだろうと思って書いてます。ほんとに。

1.この世に神さまはいるのだろうか?


モチーフは、実際の事件。池袋で高齢の元官僚が起こした運転暴走事故。実際には幼い娘さんと奥さまが亡くなり、なのに逮捕されず、謝罪もしなかった加害者は「上級国民」と批判された。

本作では、高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違えによる暴走事故で、ある日突然夫を亡くし、シングルマザーとなった主人公の生き方を描いていく。

なんでよりによって夫が、と問い続けて7年。

有力者だった加害者は、アルツハイマーだったとして逮捕されることもなく、天寿を全うし、豪華な葬式で見送られている。

そしてその加害者一族は、突然夫を亡くした彼女に「一言も謝罪をしなかった」。

そして当然の多額の和解金の提示があったが、謝罪もなく、そんな新年から外れた金は受け取れない。と固辞し、自ら貧困と向き合うシングルマザーの道を選ぶ。

亡くなった夫は、ロックをやっていた。良子はアングラの劇団にいたらしい。もともと反骨精神の塊同士の夫婦だったからこそ、何事もお金で解決しようとする上から目線の人たちからお金をもらうことは屈辱だったのだろう。

って、この主人公も辛い道を選んでしまったけれど、どう考えても事故を起こした本人が悪いし謝罪すべきだし償うべきなのに、なぜ保身に走ることしか考えられない人がたくさんいるんだろうねぇ。と怒りが湧く。本当に怒りが湧く。

お金を持つと、安定した地位にいると、庶民なんかどうでもよくなるの?政治家の皆様を見ていても、えらくトンチンカンなことしか言わないのも、感覚狂ってるの?

と、視聴者のわたしが怒っているのに、良子は怒っている風でもなく、なにかをあきらめて受け入れたような表情で、日々をにこやかに過ごしている。

公営住宅に住まい、パートと風俗の掛け持ち。多感な年ごろの中学生の息子と2人暮らしだけで精いっぱいだろうに、さらに亡くなった夫の父の施設代や、夫が他で作った子の養育費まで賄っている。

わざわざ自ら大変な道を歩んでゆく主人公に「なんでそこまで」と思うけれど、「夫をまるごと受け入れる」ということが、彼女にとっての愛し方なのだろう。

それにしたって、こんな状況じゃあ「神さまなんていないよね」と思うだろうに、主人公の良子は

「いっぱい神さまはいるよ」と笑う。

いい神さまも、悪い神様もいて、だいたいの場合、最低の神様があちこちにはびこってるんだけどね。

彼女の口癖は「まぁ、がんばりましょうよ」だ。

2.なぜ生きてるのか分からないけど


高額アルバイトといえば風俗だ。

にしても、やっぱり風俗のアルバイトは、きつい。
想像するだけでキツイ。

シーンを見ててもキツイ。

けれどそんなキツイ風俗のアルバイトにも

「わたしはおばさんだから丁寧にやってる」

とほほ笑む良子。

そういう生き方がすごく可愛くて、風俗はしたくないけど、目の前のことをいい加減にしない、そういう姿勢を見て、さらにこの主人公に魅了されてしまう。

同じ風俗で働く女の子は、小さいころから父親にレイプされていたという。虫けらみたいに扱われてきたから、虫が苦手。

良子も夫を轢いた一族に、虫けらのように扱われてきた。

少しずつ打ち解ける仲間との会話で、今まで抑え込んできた怒りがじわじわとこみ上げる。この人はどれだけの怒りと絶望を飲み込んできたのだろう。

いろんな顔を演じすぎて、何が真実で、何が自分が分からないとこぼす。

生き方生き様

なぜ生きてるのかわからない人生に意味があるのかわからない

そんなことを考えたって、仕方ない「コロナ禍で、マスクに意味があるのかわからないけど、マスクするでしょ。それと同じ」

考えたって仕方ない、やるしかない。とまっすぐ走り続けて生きている人しか言えないセリフだ。

3.しかし人を見下す行為は最低だ


体裁だけを気にして、人への敬意もなくて、人を馬鹿にしてる人間そういうのが大嫌いだ。

しかしリアルに世の中には、ほんとうに人を何だと思っているのだということを平気でやる人種が多いよなと思う。

なんか政治家とか、お偉いさんとか、そんなんばっか。嘘ばっかり。

嘘まみれで生きてて、楽しいのかね。上っ面ばっかり。

あと同じクラスのいじめたら奴ら。見ないふりする学校。この映画はフィクションだけど世の中にこんなことがたくさん、起こってる。マジで死ねばいいのに。

本作の中では、夫を轢いた上級国民一家は、バシッと弁護士を付けて、自分たちに火の粉がかからないように武装したうえで、謝罪の言葉もなく金で手を打とうとした。その行為自体が人を馬鹿にしている。

そして、息子は息子で、学校でスクールカーストの上の方にいそうな陽キャに、自分の父親が跳ねられたCG映像を見て茶化され、どうせ慰謝料もらってるんだろ、公団住んで税金で生活してるんだろ、と誹謗中傷を受ける。

人の不幸をそこまで笑える人がいることに愕然とする。

しつこく追いかけまわして、バカにして、小突き回す。そしてそれを見ない振りする学校。もうその辺に転がっている話が多すぎて、うんざりする。

まともに人に寄り添うことができる人って、そんなに少ないんだっけ?人の不幸は面白くて、人の幸福は気に入らないって、どれだけひもじい思想なんだろう?

映画の中だけの出来事ならまだしも、世の中のニュースとか、報道とか、周りの人たちとか、本当にそういうのがいっぱいいるんだもん。嫌になっちゃうよね。人の悪意って。

4.うまく生きればいいのかもしれないけど

大事そうなことでも観て見ぬふりして長いものに巻かれて、うまいことやって生きて行けばもう少し苦労せずに済んだのになぁと思いながら観ているけど、

もし自分でも、そんなねじ曲がったものに迎合できないだろうな、と思う。

自分の中にある信念とか、核になるものを、譲ってはいけないと思う。悪魔に魂を渡してはいけない。

もっと器用に小狡く生きれば良いと思うけど、
わたしもきっとできないタイプ。

ルールだから、というルールを守れば守るほど
ルールを守らないやつに裏切られていく。
ルールに裏切られていく。

こんな理不尽なことってあるんだろうか?
ずるいやつが得をする世の中って何?

おかしいことを、おかしいっていうのは、いけないことなの?

劇中ずっと、主人公のそういう思いを共感しながら見ていたし、自分もそうありたいと思い続けていたから、

ひどく大変な生活ではあったけれど、その大事なものを譲らなかった主人公の、

そういう生き方を応援したいしそういう不器用でもまっすぐな人がちゃんと報われる世界であってほしい。

5.応援してくれる人は、必ずいる。


類は友を呼ぶとは本当だなと思うけれど、そうやって信念を貫いている人の周りには、それに共感する人が集まる。

それは出自とか、いまの仕事とか、経済的立場とか、そういうのが関係なく、その人の中にある信念とか魂みたいなものだよなぁ、と思う。

ずるいやつは、ずるいやつ同士で固まって、薄っぺらい友情で足の引っ張り合いをするのだろうし、体裁を気にするやつは、同じような仲間でマウントを取り合うのだろう。

そして残念なことに、しっかりとした信念をもっている人、というのはそこまで出会うことが多くないが、数は少ないけれど、いる。

わたし自身、経済的事情や学歴、出自などが全く違うけど、ものすごく気が合う人、信頼のおける人というのが存在する。

もともとわたし自身が白黒ハッキリしているほうなので、あまり変な人に絡まれないのだが、それでもいろんな人間関係のもつれは経験した。

だけど、わたしは今年50歳。人生後半戦に入っているので、疲れる人間関係は作りたくないから、世の中的な上っ面とか体裁とかを気にせず、自分の考えをきちんと持って行動できる人とだけ仲良くしたいし、そういう人は心から応援したい。

自分に正直に生きたいなぁ。と思う。

6.しかし尾野真千子の力がすごい。


作品は2時間半と長尺なのだが、目が離せない。その作品の迫力の大部分を担っているのが尾野真千子。

この人は何をやってもとてつもなく迫力があるのだが、今回も主人公の中にあるいろんな顔を演じ分け、それを一人の人間の中に統合させた。

母として頑張る顔、仕事しているときの顔、風俗嬢の顔、狂気じみた怒りの顔、諦めを含んだ切ない笑顔、もう何もかもの表情がたまらなくその人の人生を物語らせる。

あんなに美人なのに、苦労人役がめちゃくちゃ似合ってしまうのがこれまたすごいなぁといつも感心しながら見ている。今回も尾野真千子、期待を裏切らず圧巻の演技を見せてくれてありがとう。

そして息子役もすごくよかった。大変な境遇の中、いろんな大人に揉まれ、いじめっこにいたぶられながら、父の遺志を継ごうとし、母を全力で守ろうとする。中学生という多感な時期の表情も、すごく良かった。

風俗嬢仲間のけいちゃんも最高。やっぱり、といっては失礼かもしれないけれど、DV男にひどい扱いを受けたりしながらも、良子のよきバディになっていく。

さらに場末感出させたら最強の永瀬正敏が、風俗店の店長。そこまで重要な役どころではないと思いきや、最後に思いっきりカッコよいところを見せてくれるのでお楽しみ。

そうだ、一瞬で出番が終わった轢かれ役の夫は、オダギリジョー。たぶんウキウキと跳ねられ役を買って出たような雰囲気を醸し出しながら盛大に車に跳ねられていた。合掌。

と、もうキャストが素晴らしすぎるのも、グイグイと目が離せない作品となった大きな理由だろう。

監督はわたしはこの方の作品を観たことがないのだが「舟を編む」などで有名な監督らしい。本作が素晴らしかったので「舟を編む」も観てみようかな。

最後の尾野真知子のアングラ演劇も最高だった。

キャスト陣の素晴らしい演技よ、ありがとう。

7.自分に正直に生きていきたい。


内容というか、メッセージとしては一昨年度肝を抜かれた「すばらしき世界」に近い。自分にまっすぐに生きてるけど、うまくいかない。そんな話。


けれど本作は「すばらしき世界」でも感じた「世の中の理不尽」みたいなものに加えて、人を見下すやつらのこっぴどさと、さらに主人公が子持ちの主婦、という点で、私にとっては目線の高さに合っていて、没入感がとてつもなかった。

そして、できればお金に困らずに生きていきたいし、好きなことをするお金は欲しいし、そうなるために努力はしているけれど、

だからといって、そうでない人を見下したりはしたくないと思う。生い立ちが劣悪だったりして、それでいろいろな事情を抱えている人はいるし、だけどそういう人を面白おかしくバカにすることはしたくない。

そして自分がどんな生活をしても忘れたくないのは、自分を勘違いしないで、謙虚に生きること。

わたしはBTSのファンになったが、その理由の一つに、彼らはあれだけビッグになっても謙虚さを忘れない。自分たちが「普通」でいることに努めている、といつも言う。

謙虚さとか、そういうことを大事にしていきたい。

そして、
社会的弱者のちっぽけさとか、人の愛しさとか、そこにある幸せとか、どんなに辛い状況でも「幸せ」はそこにあるなぁと実感する。

お金と幸せって、イコールに見えるけどイコールじゃないよね。

8.母は息子の「大好き」だけで生きていける


「負けそうになるけど、まだ夜が来ない」

けっこう絶望的な状況に置かれているはずなのに、茜色の夕陽に焼かれながらそう答える主人公には、明るい未来しか見えない。

そして、親子関係もすごくいい。まっすぐな母ちゃんを分からないながらも受け入れ、全力で守ろうとする息子がたまらなく恋しい。

中学生の母親という設定もあって、中3息子を持つわたしは、特に感情移入しすぎてしまうきらいはあるのだが。

改めて思う。

母親は、息子の「母ちゃん大好き」だけで頑張れる生き物なんだよね。

泣けるよ、ほんとに。あたしも頑張る。

まぁ、お互い、がんばりましょう。

今日もお読みくださりありがとうございました!


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