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自由律俳句(その十一)

 先般アマゾンで句集を出版したが、その後も句作を続けているので、最新作をご紹介したい。


〇 六月中旬、好天の土曜日。区民農園に自転車で行く。水やりをし、オクラ三個、大根三本を収穫する。大根の収穫は土を深く掘り下げるので、大変だった。

収穫物

自転車こぎ 息切れして 背中に死神がいた

後ろにも目があるぞ 風を感じて車に抜かれる

土を掘る手が汚れて これが生きていることか

大根の根が 深いことを知るまでの六十五年

気が付けば 腕に蚊が止まっていた 私はまずかろう

どれくらい水をやれば良いのだろう 黒土が固い

緑の葉の向こうで 人が動いている 美しい

〇 六月下旬、朝の通勤通学時間帯のマンションの(非常)階段を見たら、大勢の小学生たちが足早に降りていった。きっとエレベーターを待っていると遅刻してしまうから、階段を使っているのだろう。それに、なんといっても「若い」から、階段の昇り降りなんてへっちゃらで、なにかのスポーツ大会のようだ。朝のちょうど良い軽い運動ぐらいにしか感じないのだろう。

朝の階段降りる子とすれ違い 登る老爺は一休み

エッシャーの階段を見るように 走り降りゆく子供の姿

何も考えずに階段を走る そんな身体をもっていた昔

あっちもこっちも 階段を走り降りるのは 皆小学生

疲れた大人は 来ないエレベーターを待つばかり

〇 六月下旬、朝八時過ぎの都営バスに乗る。途中、登校する中学生の姿を見る。歩く者、走る者とさまざまだが、皆黒いリュックサックを背負っている。もうカバンの類は使わないのだろう。そこへ、反対側から同じようなリュックサックを背負った白髪の老人が歩いてきて、中学生とすれ違った。この二人の年の差は、五十年はあるだろう。そして、白髪の老人が中学生のときは、私と同じように詰襟の制服を着て、肩掛けの布製バックを使っていたはずだ。
 
行き交うリュックのおもさは どちらが軽いのだろう
 
そこにいるのは 昔のわたし 未来のあなた
 
走る君は何を考えているのか 私は自分のことだけだった
 
何も考えずに走れる そんな身体を取り戻したい
 
 
 その後、地下鉄に乗り替える。特に地下鉄は、自分だけ違う人種のような気がした。この気分は、中学生までの頃、同じように通勤・通学時間帯に電車に乗ったとき以来だ。自分がもう、社会の生産体制に入っていない、社会の中の駒として活動していないことを実感する。
 
私はいまどこを旅しているのだろう 居場所のない不安
 
ああ息が苦しい こんなところに長くいたんだ
 
わずかな隙間の先にある棒をつかみ ひどく安心する
 
自分がいてはいけない場所にいる 次で降りよう

〇 七月上旬、朝の通学時間帯の公園を歩く。中学生女子三人組が横に並んで歩きながら、ダンスの練習をしている。その後ろからリュックを背負った老婆が、ゆっくりと歩いている。中学生を追い越せないのは、年齢のためか。歩道橋の階段を、小学生の姉と弟が登っている。弟が姉に何か話し続けている。姉が適当に答えている。家族がそこにある。鳥が沢山芝地にいる。朝の憩いの時間のようだ。

中学生を抜けぬ老婆の背中 年を重ねて残るは哀しみか

弟の声は風と同じ 姉はそうやって聞いている

〇 七月上旬、母、姪、妻と浅草神谷バー、浅草寺、蕎麦屋に行く。途中から夕立に遭ったが、蕎麦を食べているうちに止んだ。夏の雨は、どこか清々しい。邪気を洗い流してくれるようだ。

神谷バーの時間は止まっている 私の身体は止まらない

電気ブランの一杯に 時間を巻き戻せたかと自分に聞く

隣の大声が 店の飾りになる 良い酒場

電気ブランと生ビール大

夕立が参道を一層した 人のいない清々しさよ

本堂で雨宿りする異邦人 日本の神は寛容だ

浅草寺参道

雨に濡れながら着いた蕎麦屋で飲むビールで心を濡らす

〇 七月中旬 朱塗りの欄干がある橋を渡って入る箱根湯本富士屋ホテル、箱根湯本の河沿いにある蕎麦屋初はな、小田原の立ち飲み、平塚のいろり庵きらくなどを訪ねる。雨の中で露天風呂に入る。朝の露天風呂には葉っぱと虫の死骸が漂っていた。

河近くの蕎麦屋で飲む酒と すだれの向こうに雨が降っている

初はなのすだれ

朱塗りの橋を渡って木立を抜けた そこは天国ではなかった

朱塗りの橋

雨に打たれる露天風呂 湯の中にあるのは老残ひとつ

お前たちも湯治かと 木の葉と死んだ虫に問いかけた

ただ酒を飲み続け 山々に落ちる雨音を聞く

夜の露天風呂には精霊が湯治をしている

雨は止んだ 朝の露天風呂 まだ生きるのか

小田原の観光客を眺めて飲む 二杯の苦い酒

小田原の立ち飲みのある土産店、六兵衛

立ち食い蕎麦を食べて日常へ戻る 何もない

平塚のいろり庵きらく

〇 七月下旬の深夜、雷雨となり、大通りのバイクの騒音が止む。

雨音聞いて バイクが消える 眠れる夜が来た

雷雨轟き 静かになった夜 私も眠る

雷雨が残した静かな夜明けは 風が涼しい

〇 七月下旬、夕方近所のスーパーで買い物。時間帯から混んでいるが、セルフレジは空いている。それだけ、老人が多いようだ。老人男性が買い物をしている。決まったものを決まった場所で買うのは、男性共通なのだろう。

老人男性の背中に自分を見る 同じものを買っている

総菜コーナーを横目でやりすごす やはり飽きたか

それでも買うのは食材よりも総菜 そして安酒か

かき揚げとイカ天の蕎麦


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